第18話 通告

2012年10月01日(月) 18:00

▼前回までのあらすじ
福島県南相馬市の杉下ファームは、2011年3月11日の東日本大震災で津波に襲われた。代表の杉下将馬が救い出した牝馬は牧場に戻って牡の仔馬を産み、息絶えた。仔馬は「キズナ」と名付けられた。キズナは、美浦の大迫調教師とともに訪ねてきた馬主の後藤田によって1億円で購入された。キズナは2歳の春、美浦トレセンに近い育成場に入った。キズナの主戦騎手は「壊し屋」と呼ばれる上川博貴に決まった。上川は大迫から勝ち方の注文を受けた。

『通告』

 竜ケ崎のマンションに向かってジャガーのステアリングを握りながら、上川博貴は大迫の言葉を反芻(はんすう)していた。

 ――2着馬を突き放さず、首差か頭差で勝ってくれ。ハナ差でもいいが、とりこぼしが怖いからな。

 きっちり差し切る形でも、併せて凌ぐ形でも、どちらでもいいという。

 理由を訊いても「そのうちわかる」と、例によってはぐらかす。

 大迫が好きだったというキズナの父シルバーチャームは、現役時代、僅差で競り勝つ競馬で強さを見せた馬だ。

 父と同じようなレースをさせたからといって、何の意味があるのか。

 答えのわからないモヤモヤは残るが、その一方で面白そうだとも思う・・・

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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