若い力

2015年07月04日(土) 12:00


 今年の宝塚記念は、季節が逆戻りしたのではないかと思うほどの涼しさのなかで行われた。去年まで、ハンカチを絞らなければならないほど汗まみれになり、

 ――これじゃあ「春のグランプリ」じゃなく「夏のグランプリ」だよな。

 とこぼしていたのが嘘みたいだった。

 パドックで、ゴールドシップがキッと前を見据え、溢れる闘志を抑えるかのように口元を動かしながら歩く姿を見て、その迫力に圧倒された。

 ――6歳にして、ついに完成されたか。きょうは圧勝だろうな。

 ラキシスを本命にしていた私は、両手を挙げて降参したい気分になった。

 ところが、結果は知ってのとおり、ゴールドシップはスタートで大きく出遅れ、ブービーの15着に惨敗した。

 勝ったのはラブリーデイ。前走の鳴尾記念につづく連勝だった。

 これで、鳴尾記念が現在の条件になった2012年から4年連続 前走鳴尾記念組が宝塚記念の馬券にからんだ。書き出すと、こうなる。

2012年 ショウナンマイティ 鳴尾記念2着→宝塚記念3着
2013年 ダノンバラード 鳴尾記念3着→宝塚記念2着
2014年 カレンミロティック 鳴尾記念4着→宝塚記念2着
2015年 ラブリーデイ 鳴尾記念1着→宝塚記念1着

 もうひとつ、この4年の結果から見えるのは、前走、天皇賞・春で敗れた馬たちの巻き返しだ。

2012年 オルフェーヴル 天皇賞・春11着→宝塚記念1着
2013年 ゴールドシップ 天皇賞・春5着→宝塚記念1着
2014年 ゴールドシップ 天皇賞・春7着→宝塚記念1着
2015年 デニムアンドルビー 天皇賞・春10着→宝塚記念2着

 さらに、2014年の宝塚記念で3着だったヴィルシーナは前走ヴィクトリアマイル1着、今年3着だったショウナンパンドラは前走ヴィクトリアマイル8着と、ヴィクトリアマイル組も頑張っている。

 これを、終わってからではなく、始まる前に読めなかったものか(競馬が終わると、毎度こう考えてしまう)。

 ということで、今年の宝塚記念の出馬表をあらためて眺めると、前走が鳴尾記念だったのはレッドデイヴィスとラブリーデイ。天皇賞・春だったのはネオブラックダイヤ、カレンミロティック、デニムアンドルビー、ゴールドシップ。

「前走鳴尾&春天馬券」は、これら6頭の組み合わせとなる。もし馬連ボックスを買ったとすると15通り。いや、「前走鳴尾&春天負け組馬券」だとゴルシを消せるから5頭ボックスで10通りだ。それで1万2900円の穴馬券が獲れたかもしれないのだ。「かもしれない」と書いたように、私は獲っていない。

 同じことを来年もやってみるか。と、書いたことを来年の今ごろまで覚えていられるかどうか微妙だが、ヴィクトリアマイル組を3連単の3着付けにして組み合わせると面白いかもしれない。

「記憶力」ということで、思い出したことがある。

 先日、『スポーツ報知』にちょっと信じられないような記事があった。我が軍(読売巨人軍)の二軍で調整しているコバちゃん(小林誠司捕手)に、岡崎郁二軍監督が「この前の試合、75球目はどんな球だった?」と訊いても覚えていなかった、それでは飯は食えない、とコメントしていたのだ。

 せめて、打者の名を挙げて、「3打席目の2球目はどんな球だった?」という訊き方にすればよかったのではないか。

 これが騎手と調教師の関係ならどうか。

 調教師が若手騎手に「お前の今年75鞍目の騎乗馬の上がり3ハロンのタイムを言ってみろ」ぐらいの難易度ではないか。「きょうの第6レースの直線入口で、お前の前にいた騎手たちは鞭をどちらの手に持っていた?」ぐらいなら答えられるかもしれないが。

 岡崎二軍監督のコバちゃんに対する扱いは、普通の組織ならパワハラだなんだと言われてもおかしくない。

 それにしても、打たれたことを、プロ2年目の26歳の捕手の配球や構え方のせいにして恥ずかしくないのだろうか。自分の指導力はどうなのだ、と言いたい。打たれた先輩投手にも、お前がしっかり投げろ、と言いたい。

 コバちゃん、負けないで頑張れよ。

 キミの肩やキャッチング技術は素晴らしい。投手がリリースする瞬間、ミットが下に落ちる捕手が特に我が軍に多いなか、キミはビシッと構えている。それに、サインを出すのが早いから、ピッチングのテンポもよくなる。

 こんなふうにキミを応援しているのは私だけではない。

 ただ、同じ配球を相川亮二捕手がして打たれたとしても、おそらく首脳陣は相川のせいにしない。そのあたりは、まだコバちゃんが相川捕手に及ばないところがたくさんあることの証でもあるわけだから、投げ出さず、踏ん張りつづけてほしい。

 さて、コバちゃん同様「若い力」ということでは、来週火曜日、7月7日に青森県三戸郡の八戸家畜市場でサラブレッド1歳の八戸市場が開催される。今年はカタログに「八戸揮市場」と記されている。「揮」の部分が、去年は「新」、一昨年は「歩」、3年前は「駒」といったように、毎年変わる、洒落たタイトルになっている。

 実は私は、2006年7月4日に行われたこの八戸市場を見学しそこねた。最年少ダービージョッキー・前田長吉の遺骨が八戸の生家に戻ってくる返還式(伝達)が同じ日の午後1時からだったので、その前に覗いてみるつもりだった。が、途中で道を訊いたら果物の市場を教えられ、そこで正しい会場を教えてもらってたどり着いたときには、もう時間が危なかったので、すぐ前田家に向かったのだ。

 今年の「揮」は、「いざ東北が力を揮(ふる)うとき」という意味である。

 活況を望みたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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