すでに誰かが使っていた実況フレーズ

2015年09月05日(土) 12:00


もしもアナウンサーの言葉に著作権があったら…

 もう30年ほど前の話です。ちょうど今ごろ、月のきれいな夜に、川崎球場(今はアメフト専用スタジアムに生まれ変わりました)で文化放送ライオンズナイターの途中経過レポートを担当していた私。ワンバウンドの暴投で得点が入った場面について、次のように“報告”しました。

「昔、『月に向かって打て!』と言った人がいましたが、きょうの〇〇投手は地球に向かってボールを投げちゃいました」。

 すると、本番カードを中継していた元名選手の解説者と先輩アナウンサーは、揃って「おもしろいこと言うねぇ」と大笑い。局へ帰った後には、いつもは怖いベテランディレクターから「あれはよかったよ」とお褒めの言葉もいただきました。

 でも実は、素直に喜べなかったんです。「地球に向かってボールを投げた」という表現は、以前にどこかの野球中継で誰かが使っていたような記憶があって、それをパクっちゃったという思いがあったからです。

 いつ、誰が使っていたか、はっきりとは思い出せません。本番カードの解説者、実況アナウンサー、局で聴いていたディレクターも知らなかったフレーズです。つまり、「私のオリジナル」で通ってしまう話。それでも内心は、ウケたことがうれしくもあり、恥ずかしくもあり、複雑な感じになっていました。

 何で突然こんなことを書いたか? そう、東京オリンピックのエンブレム使用中止事件で、デザインの著作権が問題になっているからです。

 スポーツ実況でアナウンサーの発した言葉に著作権が生じることはないでしょう。もしそんな事態になったらタイヘン。「地球に向かって…」の話で言うと、すでに誰かが使っていて、私がそれを知りながら使った(依拠性がある)とすれば、著作権の侵害になってしまうおそれがあります。

 そうなると、ありとあらゆるスポーツ中継をチェックして、同じような表現を使わないようにしなければなりません。そんなこと、できないでしょう? だから私が「地球に向かって…」の表現をパクっ(てウケちゃっ)たとしても、何ら問題はないわけです(『オリジナル』だと言い張って自慢していいとは思いませんが)。

 かつて、寒風吹きすさぶ冬の中山競馬の中継で「きょうは冷蔵庫の中で扇風機にあたってるみたいです」と言ったことがあります。それから何年か経って、某アナウンサーが同じことを言ったときには、思わずニンマリしちゃいました。「オッと、パクられた」ってね。でも、ひょっとしたら、私より前に、同じ表現を使った人がいるかも(すべてをチェックできるわけがないのでわかりません)!

 ほかの人の実況と似ているかどうかを気にせず、自由に(?)言葉を使えるアナウンサーでよかった!?(だからと言って、あのデザイナーを擁護しているわけではないですよ)

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矢野吉彦

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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