一陽来復の勝利

2015年09月10日(木) 12:00


パッションダンスの勝利に

 過ぎ去ったことは言うまい、かえらぬ月日ではないか、愚痴は何事も解決させない。競馬をやる者なら、これまでいく度となく自分に言い聞かせてきたのではないか。競馬にぶつけていたものにけじめをつける、これから別の世界がひらけてくるのだからと。競馬から教わるものは多いが、自分の場合は、困っても困らない力を授かったことだ。これはいつも気分を楽にしてくれた。どうしようとばかりつきつめていくと、心が次第に狭くなっていく。これではいい事はない。太宰治の「粋人」ではないが、ものには堪忍ということがあり、ちっとはつらくとも我慢する。仕合せと不仕合せとは軒続き、ひどい不仕合せのすぐ隣りは、一陽来復の大吉ということ。この道理を信じていれば、そのうち風向きが変わってくる。このことは、身近なレースがよく見せてくれる。

 7歳馬のパッションダンスが、2年4ヶ月ぶりに新潟記念で勝利を飾ったが、これなんか正に、陰がきわまって陽が再び来た「一陽来復の勝利」だった。デビューが遅れ3歳の2月、阪神2000mの新馬戦を勝ち2戦目京都新聞杯を戦った後骨折、1年2ヶ月の休み。4歳夏、レースに戻って新潟で500万を勝ち、4ヶ月の調整期間をとって12月の阪神で2連勝してオープン入りとようやく先が見えてきたここまでの2年間が6戦4勝、重賞戦線で期待される存在になっていた。5歳になってからは小倉、中京、新潟と重賞を戦い、5月の新潟大賞典2000mで初重賞制覇を達成し、その後鳴尾記念にも出たが、今度は屈腱炎を発症して1年半も戦線を離脱してしまった。だが、パッションダンスは困っても困らなかった。過ぎ去ったことは言うまいの精神で6歳の暮、ターフに戻ってきたのだった。

 持久力があり長く脚を使うという持ち味があったが、一瞬の切れ味には欠けるところからなかなか思うように動けなかったが、復帰7戦目、今回の勝利につながった。距離は2000mで力のいる馬場を自分のリズムで動ければというこの馬の走る条件が見事に整った一戦だった。競馬の難しいのは、こういう事実を予測できないことで、こちらは一陽来復の瞬間を待つしかない。困っても困らない精神こそ力になるのだ。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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