逃げて追わせる勝利

2015年10月15日(木) 12:00


武豊騎手とエイシンヒカリ

 問いかけに誘われ、ナゾ解きにこころ引かれ、その答えをさがそうと思いめぐらす。そうしたプロセスこそ、実は生きる喜びなのではないか。ちょうど、かくすとさがしたくなるという人の心情に近い。競馬の魅力をつきつめていくと、また、そういうところにあると思いあたる。生きているものの本能なのだ。逆に、魅力あらせるためには、とにかく追わせるように仕向けること。

「追えど追えど遂げざる恋や走馬燈」という読人知らずの句は、恋の真相を言いあらわしたものだと考えられるが、逃げるのは魅力あらしめるひとつの行為にちがいない。逃げると追いたくなるのは、人間の本能であり、魅力あらせるためには追わせるのもひとつの手段だ。レースで強力な逃げ馬がいると、そのレースは一段と華やかになるし、人の気を引きつける。

 かつて毎日王冠で、エルコンドルパサー、グラスワンダー相手に逃げ切ったサイレンススズカを思い出す。どの馬よりも速く、ただ走ることで先頭に立ち、これがこの馬のマイペース。そしてゴールが近づくと、他馬が来ようと来まいと差し脚を使っている。つまり、執拗に追わせているのだ。逃げて追わせる魅力は、勝利することで一段と輝く。今年の毎日王冠を逃げ切ったエイシンヒカリも、「逃げて追わせる勝利」だった。このレース次第で秋の天皇賞を視野に入れるということで、武豊騎手の果す役割は大きく、坂口調教師も、あとはこの相手にどう乗ってくれるかだけと述べていた。言ってみれば、騎手の腕をためされているようなもので、しかも、逃げると追いたくなる本能をかき立てられた私どもは、彼を一番人気にしていたのだ。どれだけやれるかというエイシンヒカリをここまで盛り立てたのも、逃げて追わせる魅力に引かれたのだ。

 イレ込みがきつい、まっすぐ走れるかどうかの課題は一応クリアできたが、今度は、距離を課題と武騎手は述べていた。9戦8勝という成績、自らが手綱を取って3戦3勝ならば胸を張ってもいいが、全ての目標になる大一番で、どう戦えるか。サイレンススズカのパートナーでもあった武豊騎手とエイシンヒカリ。「逃げて追わせる魅力」を一段と輝かせられるか、そのナゾ解きにこころ引かれる。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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