JRAを中心とした引退馬のキャリア支援組織設立へ 美浦・鈴木伸尋調教師に聞く(2)

2018年03月22日(木) 18:01

第二のストーリー

▲鈴木伸尋調教師に聞く、新組織の仕事内容

透明性のある“資金援助と団体認定”を目指す

――今回JRAが中心となって設立される組織は、具体的にどのような仕事を行っていくのですか? 話せる範囲でお願いします。

鈴木 いくつかの大きな仕事がありますけど、その中でも1番大事な仕事が2つあります、1つ目は資金を集めて、実際に引退競走馬の支援を行っている団体、あるいは競走馬から乗馬にリトレーニングしている乗馬クラブ、養老牧場などに資金を援助するということです。

 もう1つは、リトレーニングをしたり、セカンドキャリア、サードキャリアで馬を受け入れてくれる乗馬クラブや牧場、支援をしている団体の認定です。組織が、このクラブや牧場、団体は大丈夫だと認定する、これがとても大事な仕事になります。このあたりも、イギリスのROR(Retraining of Racehorses)やアメリカ、カナダのTAA(Thoroughbred Aftercare Alliance)を参考にしながら進めていくことになるでしょう。この2つがしっかりしていないと、競馬ファンを始めとする皆さんの善意や思いが無駄になりますからね。

――お話の中にあったセカンドキャリア、サードキャリアというのは?

鈴木 セカンドキャリアは乗馬ですね。サードは乗馬を引退して次のキャリア、例えば養老牧場で余生を送る、観光牧場で無理のない範囲で引き馬をする、あるいはホースセラピー馬として活動する、これもサードキャリアになります。

――そのセカンドキャリア、サードキャリアの馬たちの受け入れ先や支援団体を組織が認定するということですが、海外ではどのように行っているのでしょうか?

鈴木 ある海外の組織では、セカンドキャリア、サードキャリアの馬を受け入れる施設として認定してほしいという乗馬クラブや牧場が、まずインターネットで申し込みをします。すると最初に獣医や装蹄師など馬のエキスパートが申し込みのあった施設を審査して、組織が定めた基準をクリアしているかどうかを会議や役員会の審査などいくつかの段階で審議されて、認定されるという仕組みになっています。

 認定された後も定期的にその施設に出向いて、組織の定めた基準を満たしているかどうかの確認も行っています。

――かなり厳しいですね。もし認定された後に基準を満たしていない状況が発覚したら、どうなるのですか?

鈴木 改善命令が出されたり、認定が取り消されて馬は別の施設に移動させるということになるようです。

――仕事柄いろいろ回ってみて、蹄叉腐爛の馬が多かったり、言葉は悪いですが馬が生きていればいいだろう的な施設もたまに見受けられますので、基準は厳しくしてほしいと個人的には思うのですが、日本でも海外同様の厳しい基準になるのでしょうか?

鈴木 私自身は実際に見て回っていないので日本の乗馬クラブや牧場のレベルがわからないのですけど、基準を低くしたら意味がないですし、そこは基準に合うようにレベルを引き上げてもらって、基準をクリアしたら補助を出しますという形になっていくのではないかと思います。

――もう1つの重要な仕事となる資金ですが、補助金が出るとなるとこれまた言葉が悪いですが、それを目当てに良からぬことを考えそうな人も出てくるのではないかと、ついうがった見方をしてしまうのですが?

鈴木 集めた資金は本当に有効に使えるように、お金の流れは特にクリアにしなければいけないと思っています。そして補助金が出た施設にいる馬がどういう生活をしているのか、本当に幸せに暮らしているのかをしっかりとチェックして、ファンや資金を出してくれた方々に、馬たちの現状を公表して知ってもらう。それをやらないと組織の意味がないと思うんですよね。これはRORやTAAの代表から講習を受けた時にもとても感じたことですし、不透明にせず情報を公開する制度を作っていかなければいけないなと思っています。

 トークイベントの時も話をしたのですけど、正直者が馬鹿を見るようなことになってはいけないですし、何かあった時に1番不幸になるのは馬ですから。そこは我々人間がしっかりとして、組織の中にどのような人材が入ってくるのかも含めて、システマティックにしていく必要があると考えています。

第二のストーリー

▲2月19日に東京・Gate.Jで開催された『第7回引退馬フォーラム』(写真:認定NPO法人引退馬協会提供)

――セカンドキャリアが乗馬ということですが、全速力で走ってきたサラブレッドを乗馬に転用するのは難しいとも聞きます。そのあたりはどうでしょう?

鈴木 組織の仕事の1つに、競走馬から乗馬に転用するための調教メソッドの開発というのもあるんです。それはJRAの宇都宮にある馬事公苑で実際に行われていて、開発されたトレーニングメソッドに沿って調教された馬は、JRA内の施設内で実際に乗馬となっています。競馬場で誘導馬になったり、競馬場やトレセン乗馬厩舎の練習馬として活躍していますよ。

――そのメソッドで調教すると、乗馬になるのはどのくらい期間がかかるのですか?

鈴木 以前、ある乗馬クラブで競馬を引退した馬を乗馬に調教するのにどのくらい時間をかけますかと質問をしたら、馬によって違いますが最長で1年放っておくという答えでした。そうしないと競走馬の頭から乗馬の頭には変わらない、そう言っていました。

 JRAで開発しているメソッドはまだ完全に確立してはいないのですが、競走馬を引退して3か月で乗馬の頭にするという方法です。

――3か月とはかなり早いですね。

鈴木 そうですね。このメソッドはJRAの馬事公苑で何年も開発していて、現在も調教期間をさらに短くできないか、もっと効率よく調教できないかと、一生懸命取り組んでいる最中です。

――調教期間が短くなればそれだけコストも削減できて、これまで以上に馬たちが生き残っていけそうですね? 

鈴木 はい。先ほど例に出した乗馬クラブのように最長で1年も時間がかかれば、それだけ馬を飼養管理するコストもかかりますが、3か月で乗馬として再生できれば、早期に乗馬としてお客様を乗せて活躍することができますからね。

(つづく)

※次回は3月29日(木)18時公開予定です

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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