40歳超で2度のリーディング 北沢伸也騎手が障害に乗り続ける理由

2018年07月17日(火) 18:01

馬ニアックな世界

▲将棋が趣味の北沢騎手、栗東トレセンの障害騎手部屋には大きな将棋盤が!

先月23日の東京ジャンプSは林満明騎手が障害レース2000回騎乗達成と、それをもって騎手を引退するということが注目を集めました。そのレースでもう1人、注目を集めたベテラン騎手がいました。

単勝10番人気のサーストンコラルドで同レースを制覇した北沢伸也騎手(47歳)。「引退するまでもう重賞を勝てないかと思ったよ」とこぼした笑みには、2度の騎手引退の危機を乗り越え、40歳を超えてから障害リーディングに輝いたベテランの苦悩と喜びが刻まれていました。

林騎手が引退すると、障害騎手では2番目の年長者。「夏はレース後がキツくって…」と話しますが、それでも乗り続ける理由とは。


【お知らせ】

今回のコラムにご登場いただく北沢伸也騎手が、先週14日(土)中京4レースで落馬。第4頸椎を骨折されました。しばらく休養されるとのことですが、また元気なお姿でレースに戻ってこられることを心からお祈りいたします。


「どれだけ遅咲きなんだ」40歳超で2度のリーディング

 1990年にデビューし、2年目には平地24勝を挙げた北沢騎手。平地のみで騎乗を続け、97年も10勝を挙げますが、「このままだといよいよ騎手を引退しなくちゃいけない」と危機感にさいなまれたといいます。

「あの頃はほとんど自厩舎(荻野光男厩舎)にしか乗っていなくて、2桁勝利を挙げられていたのも師匠のおかげでした。でも、厩舎解散が迫っていたんだよ」

 デビュー9年目、26歳の初春。若くして引退の二文字が頭をよぎっていた頃、1頭の障害オープン馬・エイユーダンボーが転厩してきました。

「最後の悪あがきで障害に乗り始めました。とにかく同期で最初には辞めたくないっていう意地でね。障害に乗ってもダメなら諦めよう、と思っていたら、慢性的に人不足だったからみんなが可愛がってくれたんだ。嘉堂さん(信雄元騎手)や酒井浩さん(元騎手)、出津さん(孝一元騎手)、熊沢さん(重文騎手)が『この馬だったら大丈夫だから』って乗り馬を回してくれたり、秋くらいからは橋田満先生の馬にも乗せてもらったり、自分で調教した馬でも勝てて。それで、やっていけそうかなって思ったかな」

 障害デビューイヤーの98年に3勝を挙げ、2002年にはデビュー13年目にして重賞初制覇(阪神ジャンプSミレニアムスズカ)。

「厩舎解散で引退していたら、何にも残せないままで何のために騎手を目指したのか分からなかったけど、重賞を勝ててよかったよ」

 自厩舎の解散前、騎手でいつづけることを諦めず障害レースに活路を見出したからこそ手にしたタイトルでした。その後も勝ち星をコンスタントに積み上げていきます。

「障害乗り役としてやっていけるかな」――そう思い始めた頃、2度目の引退の危機が迫ります。

 2006年1勝、2007年2勝。

 それまでとは打って変わり、ピタリと勝てない年が続いてしまいました。

「もうこれはダメだなって思いました。なんでだろう? って不思議なくらい勝てなくって。自分の乗り方が変わったわけでもないんだけどね。これじゃあ、もう騎手をやっていてもしゃーないわと思って、『あと1年やって同じような成績なら引退しよう』って決めたんです」

 勝てない年も、引退を覚悟してからも同じことをし続けていただけと言いますが、不思議と勝ち星はふたたび伸び始めます。

「いい馬にも巡り会えたんだよね」

 2008年に6勝を挙げ、現役を続行。すると、2年後の2010年には障害リーディング争いを繰り広げ、わずか1勝差で2位でした。

「リーディングに片手がかかっていたのに、五十嵐(雄祐騎手)に負けちゃってね。もう死ぬほど悔しかったよ」

 引退を真剣に考えていた頃から一転、「いつかはJRA賞の舞台に行きたい」という思いを抱き、2012年、障害リーディングに輝き、最多勝利障害騎手としてJRA賞授賞式の舞台に立ちました。

 さらに2014年にも2度目の障害リーディングと障害通算100勝達成、中山大障害制覇。

「JRA賞の舞台にまさか40歳を超えて2回も行くとは思わなかったよ。どれだけ遅咲きなんだってね。でも、一番体が動く30代であんまりいい競馬ができなかったからなぁ。障害ジョッキーとして一応はやっていけるってなってからは『40歳までは頑張ろう』と思って、40歳を迎えたら『障害通算100勝』、『中山大障害制覇』、『リーディングを獲りたい』って少しづつ身近な目標を置いて頑張ってきたんだよね」

 キャリア29年。

 幾度となく谷を経験しながらも、大きなタイトルを手にしたベテランジョッキーはそう語りました。

「40歳を超えたら暑さが…」それでも騎手を続ける理由

 東京ジャンプS。道中は中団でじっと脚を溜め、最後の直線で最内に進路を取って勝利したサーストンコラルドと北沢騎手。検量室前に戻ってくると「よっし!」と力のこもった声を上げました。

「展開の読みも作戦もすべてがハマったんだよね。溜めればキレる脚を持っている馬だから、3〜4コーナーの障害を飛ぶまでは絶対に動かないって決めていたから。それに2桁人気の馬で重賞を勝つのも初めて。障害重賞は年間10個しかないから、いつも俺らはGIみたいな気持ちで乗っているんだよ。だから、J-GIIIだとしても重賞に賭ける思いっていうのは特別だよね」

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▲東京ジャンプSのパドック、騎乗するのは単勝10番人気のサーストンコラルド

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▲「2桁人気の馬で重賞を勝つのも初めて」と北沢騎手 (撮影:下野雄規)

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▲「障害重賞は年間10個、すべてGIみたいな気持ちで乗っている」という (撮影:下野雄規)

 レッドキングダムで中山大障害を制覇してから約3年半ぶりの重賞制覇。

 喜びいっぱいに、あふれ出す汗を拭いながらさらにこう呟きました。

「でもねぇ40歳を超えてから、暑い時期はレースが終わってからが本当にキツくて…」

 歩くだけで汗をかく季節に3分30秒近くレースに騎乗するのはさぞ体力が求められることでしょう。

「一晩寝たら回復するし、レース中も大丈夫なんだけど、レース後の体の堪え方が変わってきちゃったよ」と苦笑い。

 それでも障害ジョッキーを続けていくのは「またもう一度、中山大障害を勝ちたいなぁって思うんだよね。これまでリーディングとか障害100勝とか、欲しい物は手に入れてきたから、じゃあ次の目標は? って考えたら、やっぱり中山大障害かなぁって。あとは引退までに重賞をもう1〜2つ勝ちたいね」と笑います。

 若手騎手の台頭で「コイツらには敵わねぇや」と思って引退したい、と話しつつも、栗東トレセンの障害ジョッキー部屋でいつも元気よく振舞っているのは北沢騎手だったりします。

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▲「若手騎手の台頭で“コイツらには敵わねぇや”と思って引退したい」と北沢騎手

「馬券じゃ今年なんかはものすごい迷惑をかけているかもしれないけど、まだ若い子も乗ってこなくて人不足で辞めるに辞められないっていうのもあるから、しばらく我慢して応援してください」

 コース取りにこだわるいぶし銀の技にまだまだ魅せられたいですね。

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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