「“失敗人間”が賭場で見る果てしない夢物語」<第38回>テイク

2019年10月05日(土) 18:00

nige

主に、浦和と船橋でブースに立つテイク氏。「自らの“予想”だけが、この世界でやってこられた唯一の武器」と胸を張る。

地方競馬場を歩いていると、いくつかのブースから口上が聞こえてくる。「場立ち」と呼ばれる彼らは、自らの話術と的中率を武器に予想を売り、生計を立てる。近年の競馬界で隆盛を誇るインターネット予想とは一線を画す、昔ながらのスタイルを貫く男たちだ。今回は、浦和の「場立ち」テイク氏に密着し、その美学に切り込んでいく。(取材・文=緒方きしん)

ボクは“失敗人間”

「朝起きると、前日にした予想を確認して、開門前に浦和に行って。今ではnetkeibaさんで他場予想もしているので、開催日以外も毎日競馬に触れています」

 ウマい馬券のプロフィール写真を一見すると強面の印象のテイク氏。だが、腰の低い、柔らかな立ち振る舞いからも、その謙虚な人柄をうかがい知ることができる。

「他の場立ちの方々は、場立ち以外の仕事をしても成功しそうな人が多いですが、僕にはこの仕事しかなかったでしょう。知り合いからも言われましたが、まさに天職なんです」

 一人でブログに予想を書くのとは違い、「場立ち」として個人のスペースを獲得することは狭き門だ。やりたいと思ってすぐに開業できるわけではなく、10年ほど弟子を続けて、ようやく独立することができる。

 氏には2度、独立前に弟子をやめてしまった過去がある。理由は、若さ故の怠惰によるもの。しかし、競馬と離れてからも場立ちへの憧れを捨てることはできず、3度目の正直でようやく開業にこぎつけた。

「僕は、自分のことを“失敗人間”だと思っていて。弟子をやめた身ですから、『2度と競馬場に来るな!』といわれても仕方ないんです。多くの人に迷惑をかけたし、とくに話術が優れている訳でもないし…純粋に“予想”だけでやっています」

 しかし、開業にこぎつけても、まだまだ経験の浅い若造が急に稼げるような商売ではない。はじめの頃は閑古鳥が鳴く日々が続いたという。

「競馬場までの交通費に予想の印刷費といった諸経費を、売り上げが下回る毎日でした。それでも毎日頑張っていたら、見かねたのか、師匠の常連さんが顔を出してくれるようになりました。今思うと、師匠が口を聞いてお客さんを回してくれていたのかな…と思いますね。本当に、人に恵まれてなんとかやってこられました」

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今日もテイク氏の予想を求めて、ファンがブースを訪れる。「そうした常連さんたちによって今の自分がある」と感謝の心を欠かさない。

“競馬ファン”ではなく“馬柱ファン”

 1990年、有馬記念———。稀代の名馬・オグリキャップのラストランで、期せずして中山競馬場に巻き起こった「オグリコール」。それを現地で経験した小学校時代以降、趣味と呼べるものは競馬くらい。「インドア派だし、語れるような特技もない」と自嘲するが、ことデータや予想の話になると、その口調にも俄然、熱がこもる。そうした自身の興味を証明するように、印刷された大量の馬柱には、独自のメモがびっしりと書き込まれている。

「僕は“競馬ファン”じゃなくて、“馬柱ファン”なんです。ただ、馬が走っているだけでは惹かれないですね。馬券が発売されて、馬柱が提供されて…そこにマジックを塗ったりしながらああだこうだ言って、自分なりの回答を出すのが楽しいんです」

 海外競馬など、データも何も知らない馬が走っていても興奮はしない。それよりも、詳細を知る馬たちのなかで「この条件だと、どの馬が勝つのか?」と検討することに執着心を燃やす。

「馬柱から強い馬を探し出し、当日の本気度を推測して予想するのが自分のスタイル。一見、ワケのわからない数字の羅列やデータの蓄積から、なんとか正解を見つけたい…そこにとてつもない快感を見出しているんでしょうね。能書きをたれてそれがズバリ的中した瞬間は、まさに最高です」

 8月のアフター5スター賞トライアルでは、6番人気馬と10番人気馬を予想の中心に据えてズバリ的中。814,520円という払戻しを手にした。その的中は、決して偶然の産物ではない。

「基本的には穴党ですが、人気薄に無理やり印を打っている訳ではありません。僕の本命はいつでも、“僕が強い”と思えた馬。オッズは持ち時計や前走の着順に引っ張られがちですが、馬の強さはそれだけでは測れません。そんな単純であれば、ここまで夢中にもならなかったでしょう。展開やメンバー構成によって、実力があるのに大きく負けてしまった馬なんかは、次走で大幅に着順をあげられます。そこを逃さずに狙っていくんです」

 競馬は「単発映画」というより「連続ドラマ」と評する氏は、ファン時代から十数年見続けた南関競馬におけるわずかな変化を見逃さない。馬具の変更や番組構成から、当日の陣営の「本気度」を探るというのは、まさに「場立ち」としての経験が生きる瞬間なのだという。

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資料に赤ペンでびっしりと書き込まれたデータ。当の本人しか理解できない文字の羅列だが、この情報が場立ちとしての“生命線”だという。

三振しても平常心。場立ち界の村上選手を目指して

「誰にだって、馬券予想には好不調があります。穴党であればなおさらです。当たりまくる時期もあれば、当たらない時期もある。それでも長い目で見て、今のやり方がうまくいくやり方だと信じられるかどうか。下手に買い方を変えてしまうのは一番やってはいけないこと。やり方が確立されていると、どうしても当てられないレースというのはあります。そこで三振しても、余裕を持って次の打席に立てるように精神状態を持っていけること、そして自分自身をブレさせないのが大切なんです」

 その発言を裏付けるかのように、この一年間の回収率は99%。ここにたどり着くまでには、たくさんの三振とホームランがあるからこそなのだとか。そんな自身のスタンスに親近感を感じているのが今年、清原和博氏(当時西武)の持つ10代最多本塁打記録を33年ぶりに更新したヤクルト期待の若手スラッガー・村上宗隆選手だ。

「まだ19歳という若さですが、三振しても堂々としている姿は素晴らしいと思います。三振してしまったことを悔やんだりせずに、次の打席のホームランを狙っているような目が好きです。スタイルを確立しても打てない球というのはあるので、一喜一憂せず、打てる球を逃さないようにしながら常にホームランを狙っていければ」

 長い歴史を持つ「場立ち」という職業も、他の伝統ある職業同様に高齢化が進んでいる。44歳になった自身だが、場立ちのなかではまだ若手と呼ばれる立場。それだけに、先行きにも思うところはある。

「場立ちは競馬に人生を賭けてきた僕の居場所でもあり、地方競馬の誇る“文化”だと思っています。ネット投票全盛期の今、現地派は少なくなってきています。しかし、最近ではnetkeibaさんの予想で僕を知ってくれたファンの方が浦和競馬場に来てくれたり、うれしいこともあるんです。しっかりと成績を残してファンを増やし、浦和競馬場―――さらには地方競馬全体を盛り上げていけたらいいですね」

 そう語りながら、今日も馬柱にメモを書き連ね、次の穴馬券を狙って虎視眈眈とデータを収集することに余念がないテイク氏。場立ち界における「若手選手」の快進撃は、これからも続きそうだ。

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馬券販売がネット中心になり、いい面も悪い面も理解しているだけに、“リアル”に活動の場を求める場立ちの立場として業界の先行きを案じている。

テイクは『ウマい馬券』で予想を公開中!

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