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「量刑不当」を申し立てた中谷騎手の事案に見る、上訴制度の透明性

2017年10月30日(月) 18:01

教えてノモケン

▲9月18日の阪神11R、仲秋Sでの事案を考察 (C)netkeiba.com


 近年、一般のスポーツでビデオ判定導入の動きが広がっている。早かったのはテニスだが、日米のプロ野球やサッカー、ラグビーと枚挙にいとまがない。テニスや野球の場合、ビデオ判定が競技者側からの異議(チャレンジ)に連動する場合もあり、「審判の判定は絶対」という原則は揺らいでいる。主催者側が判定の確認に使用する場合もあるが、かつてのような審判の権威は失われて久しい。

 ところが、昔からビデオで判定しているはずの日本の競馬にあって、相変わらず審判の権威は絶対に近い。判定が覆らないのが、何よりの証拠である。国内の競馬では1992年に降着制度が導入され、94年には不服申立(アピール)制度の運用も始まったが、申し立て自体が00年以降に9件あっただけで、全て棄却された。2年に1回程度しか申し立てがないのは、「やる前から結果は見えている」という関係者の意識を反映した結果だろう。

「量刑不当」を申し立てた中谷騎手


 そんな不服申立制度が、約5年3カ月ぶりに作動した。9月18日の阪神のメーン競走、仲秋ステークス(芝1400m)で3位入線したペガサスボスの中谷雄太騎手(38、栗東)が他馬の進路に影響を与えたとして、事後に4日間の騎乗停止処分を受けた。処分に対し、同騎手は「重すぎる」として不服を申し立てたが、JRAは3日後の21日に裁定委員会を開き、申し立てを棄却した。史上9件目の申し立てだったが、お決まりの結果だった。

 今回の申し立ての特徴としては、13年に導入された新裁決ルール導入後初の事例であった点、趣旨が「量刑不当」であった点――の2つが挙げられる。問題の場面は直線で、ペガサスボスが外に膨れ、まずロイヤルストリート(5着)に接触。両馬はいったん離れるが、再び接触寸前となった。2度目もペガサスボスの斜行が原因かに見えたが、パトロール映像を見ると、ロイヤルストリートもやや内に寄っており、この部分だけは一方のみに帰責事由があるとは言えない事例だった。

 今回の申し立ての趣旨は、「量刑不当」である。13年の新裁決ルール導入に伴い、降着や失格はほぼ「抜かずの宝刀」となった。以前の当コラムでも言及したが、コース上の問題で、責任がないと思われる馬主や調教師、厩務員にまで累が及ぶ降着や失格のような処分をやたらに振り回さないのは、それ自体、理にかなっている。

 ただし、ラフプレーの抑止力は事実上、騎手への処分しかなくなるため、新ルール下では騎手への処分が全般的に厳しくなったとされている。旧ルール下では「降着=騎乗停止」で、着順変更がなければ過怠金というのが「公式」だったが、現在は旧ルールで降着とするか否かの境界事例も含め、2日の騎乗停止が多用されている。悪質なラフプレーの場合は期間が4日となる。

 だが、問題の仲秋Sは、素人目に「4日は厳しいかも?」と思わせる事例だった。2度目の接触もペガサスボス側の責任なら話は別だが、JRA審判部もこの部分は「双方の動きの結果」としている。少し派手な単発の接触で4日の騎乗停止は意外な感もあった。

 中谷騎手は「自分は目をつけられていた」と主張する。レース後、周囲の騎手に「(処分が)4日になる」と“予言”したと話す。告げられた側は「(過怠金)5万円では?」と応えたという。同馬の矢作芳人調教師(栗東)は「中谷は決して“行儀の良い”騎手ではない」と認めつつも、「今回の処分は“合わせ技”だったのでは。そういう例は頻繁にある」と話す。この点についても筆者は中村嘉宏・審判担当理事に確認したが、「あくまでも今回の件に限定した処分」と述べた。

見えない審議過程


 不服申立を受けて、9月21日に東京・六本木のJRA本部事務所で裁定委員会が開かれた。終了後に出てきたのはペーパー1枚である。中身と言えば5項目めの「裁定の概要」のうち、「ペガサスボスがスペースの無いところで外側に進路を取ったことにより、ロイヤルストリートの能力発揮に甚大な影響を与えており、走行妨害であることは明らかであることから、開催日4日の騎乗停止が相当である」という部分だけである。

 この一文の問題は、申し立ての趣旨への回答になっていない点にある。中谷騎手は走行妨害の有無について争う意思はなく、量刑を問題にしている。棄却するにしても、量刑事情に対する言及が全くないのは、意思疎通をしようとする意思がないと表明しているのに等しい。

 走行妨害の程度と制裁の軽重の間に、定量的な基準はない。簡単に説明できないと思うが、申し立て側も10万円の保証金を出している。「なぜ2日ではなく4日なのか」について、考え方が伝わるように委曲を尽くすのが筋だろう。

 もう一つ、中谷騎手と矢作調教師が不満を示したのは、審議過程が全く不透明な点である。裁定委員会は5人で構成され、4人は外部委員。JRAアドバイザーの岡部幸雄・元騎手を初め、坂口正大・元調教師、南関東の桑島孝春・元騎手、西澤州平・地方競馬全国協会(NAR)公正部長が外部委員である。中谷騎手の審議には外部委員4人と当然職委員の町田勝弘・JRA副理事長が関与した。

 中谷騎手によると、「時間は30分ほど。言いたいことは言えた」という。VTRを使用して不服の理由を説明し、委員5人からは馬の悪癖の有無などについて、それぞれ質問があったという。だが、自身の“出番”が終わると、あとは筆者を含む部外者と全く同じ。対メディア発表と同じ趣旨のペーパーが渡されるだけだ。

 当事者ならずとも、各委員がいかなる立場を取ったかは知りたいところ。同じ上訴機関でも、最高裁なら(上告)棄却の場合でも、判決理由は出てくるし、少数意見や補足意見は「誰が言ったか」も含めて公表される。JRAの裁定委員会はあまりに透明性、公開性に欠けるという批判を逃れ難い。

 この件について、筆者は10月16日のJRA理事長定例会見で質問したが、山下正行・常務理事(法務担当)は「外部の圧力を意識せずに」審議できる環境を確保する意味で「非公開が原則」と回答した。ただ、当事者への審議内容の開示強化については「要請は認識している」と述べて、今後の見直しには含みを残した。

海外では申し立て認容例も


 今回を含めて、中央競馬では9件の不服申立があった。最初の事例は00年8月6日に、坪正直調教師(当時)が、函館での降着処分取り消しを求めて申し立てた。その後、03年から04年にかけては4件が集中していて、いずれも降着処分への不服だった。

 その後は6年半近く途絶えていたが、11年2月に幸英明騎手(41、栗東)が降着処分の取り消しを申し立てた後、同年12月には平田牧場が馬主の立場で初めて失格処分の取り消しを申し立てた。翌12年6月には、それまでの7件とは逆に、小島茂之調教師(49、美浦)が、レース直後の走行妨害の申し立てを棄却されたことに対して、不服を申し立てた。

 繰り返しになるが、8件の申請は全て棄却。その後、13年の新裁決ルール導入で降着裁決が急減するとともに、不服申立も5年以上姿を消した。

 海外では不服申立はどう扱われているか? 海外競馬に詳しい評論家、奥野庸介氏によると「認められる例が少なくない」という。「競馬は誰のものか」を考えた場合、欧米、特に欧州は今でも「馬主のもの」という性格が濃い。逆に言えば、施行者側が権威主義的に対応できない構造と言える。

 面白いのは香港の例で、裁決室の映像までも公開されるのだが、奥野氏によると「こわもての裁決委員がいて、叱り飛ばされて肩を落としている騎手の姿が見られる」という。こうした裁決=施行者側の権威主義はアジアで顕著であるという。

 日本や韓国の場合、事実上、国家が競馬を主導したことと無関係ではないだろう。香港の場合、特に地元出身騎手を巡って不正などの噂が絶えなかったことも一因と考えられる。香港は昨年、国際セリ名簿基準委員会(ICSC)のパートI国に昇格したが、以前は信頼性の問題を抱えていたのである。

 一方、各国の不服申立制度の「公開性」を見てみよう。13年にJRAが新裁決ルールに際して調査した結果、香港は審査が非公開。英国も原則非公開だが、コース上の出来事で一般的関心が高いものに関してはメディアの立会いを認めている。フランスも原則非公開だが、審査の48時間前までに書面で申請すれば、審査を見ることはできる。

 米ニューヨーク州は面談のみを公開。カリフォルニア州は双方が同意すれば公開され、オーストラリアはむしろ原則公開で、「必要と認められた場合」非公開となる。日本のように申立人が自身の主張をした後は、完全にブラックボックスというケースは一般的ではなさそうだ。

審議過程の透明性強化が課題


 今回の1つ前の小島茂之調教師の申し立ての際は、棄却決定を一部の馬主団体が問題視し、ひとしきりJRAとの間でさざ波が立った。この事例は「斜行がなければ」という前提で着順変更を考慮せざるを得ず、しかも、降着なら2位馬が1着に、3位馬が2着に繰り上がるという厄介な状況だった。今にして思えば、新裁決ルールはこうした負担の大きい判断から裁決委員を“解放”した面もあると言える。

 ただ、レースがある限り、裁決に当事者が不満を感じる材料が尽きることはない。“量刑”の部分は、残る数少ない紛争の種である。「目をつけられていた」という中谷騎手の主張も、当否はともかく、起きても不思議のない争いだった。筆者は小さなラフプレーの多い騎手に、厳しめの処分を下すこと自体は一般論として、あっても良いと思う。ただ、基準は明確であるべきで、過怠金や戒告も含めた制裁点数を一般にも見える形にすることで、誤解の余地を封じるべきである。

 不服申立に関して言えば、少なくとも現在のような通知のやり方は「意思疎通する気があるのか」と疑わせるに十分だ。申し立てる側も競馬施行のパートナーである。委員個々の意見を無記名でも公表してよいのではないか。各委員は競馬界で長年、経験を積んだ人々である。その程度は考えて良いと思う。

※次回の更新は11/27(月)18時を予定しています。

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野元賢一

1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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