【祐一History vol.31】『世界各国の外国人ジョッキー受け入れ態勢』

2015年5月12日(火) 18:01

▲「青写真通りにはいかなかった」という遠征の評価と、外国人騎手の起用について語る

海外で乗ることにはやはり興味がある


 アメリカでのトータルの成績は、2度のGI騎乗を含め、61戦1勝。決して満足はしていないが、「突然ポッと行った割りには、よく乗せてもらえたな」というのが正直な気持ちだ。ただ、技術的な向上には収穫があり、自信にもなった一方で、やはり後半にきて尻すぼみになってしまったことには落ち込んだ。帰国時の自分を振り返れば、“意気消沈”という言葉がピッタリだ。

 日本で全国リーディングを獲った自分が、アメリカでどれだけやれるのか──それを知りたくて敢行した遠征だったが、結果的に自分は、まだ通用しなかったということだ。

 そんななか、唯一の救いとなったのは、帰国時にエージェントが「アメリカで腰を据えてやらないか? 今回はダメだったけど、祐一なら3年でトップ3に入れてみせる。その自信もある。だから一緒にやっていかないか?」と言ってくれたこと。人柄も頭も良く、すごく仕事のできるエージェントが、最後にそう言って熱心に誘ってくれた。「考えておきます」と曖昧な返事をしたけれど、意気消沈していた自分としては、すごくうれしかった。

 エージェントの最後の言葉、それから一時でもパトリック・ヴィアンコーネが自分を認めてくれたこと──青写真通りにはいかなかったアメリカ遠征だが、今は行ってよかったと心から思う。

「もう一度、アメリカに行きたいか」と問われれば、...

1976年12月9日、滋賀県生まれ。1996年に北橋修二厩舎からデビュー。初日に2連勝を飾り、JRA賞最多勝利新人騎手に輝く。1999年、プリモディーネの桜花賞でGI初勝利。2005年、シーザリオで日米オークス優勝。2013年、JRA賞最多勝利騎手、最多賞金獲得騎手、初代MVJを獲得。2014年のドバイDFをジャスタウェイで優勝。

©NetDreamers