26歳の調教師の涙に温かな空気に包まれたアスコット競馬場

2017年12月27日(水) 12:00

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◆調教師も騎手も若手の台頭が著しいヨーロッパの障害界

 佳境を迎えているヨーロッパの障害シーズンで23日(土曜日)、見ていた人間の誰もがほっこりした気持ちになった光景が展開された。

 舞台となったのは、王室所有のアスコット競馬場で、この日のメイン競走はハードル3マイル路線の大一番であるG1ロングウォークハードル(芝24F97y)だったが、ホロリとさせられた場面が見られたのは、その日の最終レースに組まれていたG3レーシングウェルフェアハンデキャップハードル(芝15F152y)が終了した後のことだった。

 勝ったのは5番人気に推されていたハンターズコール(セン7、父メダーリー)だったが、同馬を管理するオリー・マーフィー調教師がメディアに囲まれた途端に、ポロポロと涙を流しはじめたのだ。

 マーフィー調教師は、弱冠26歳。今年7月に厩舎を開業したばかりで、これが重賞初制覇だったのである。

 母のアナベルさんが調教師で、父のエイダンさんが競走馬仲介業を営み、更に両親は少数ながらも繁殖牝馬を所有して生産活動にも携わっていたという、競馬一家に育ったのがオリー・マーフィーだ。つまりは幼少の頃から馬に囲まれて育ち、馬を乗り回す日々を送ってきた、生来のホースマンであった。

 ポイント・トゥ・ポイント競走のライダーとして活躍した時期を経て、将来は調教師となることを目標に研鑽を重ねることを決め、最初に叩いた門が、アラン・キング調教師が営む厩舎だった。アラン・キングと言えば...

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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