ヤマニンキングリーに会ってきた

2015年12月19日(土) 12:00


 北海道で急きょ始めた「会ってきたシリーズ」も、今年はこれが最後。キズナ、スマイルジャックにつづいて登場するのは、2008年中日新聞杯、09年札幌記念、11年シリウスステークスなどを勝ったヤマニンキングリー(せん10歳、父アグネスデジタル)である。

 この馬はスマイルジャックと同い年で、08年きさらぎ賞でスマイルが2着、キングリーが3着になったのをはじめ、同年神戸新聞杯9、8着、菊花賞9、16着、09年毎日王冠7、9着、天皇賞・秋11、7着、10年天皇賞・秋8、10着、12年フェブラリーステークス14、9着(着順表記はスマイル、キングリーの順)と、7回も一緒に走っている。

 私にとって、それ以上に思い出深いのが、09年の札幌記念だ。この年から私はたびたび介護帰省を繰り返すようになり、札幌記念が行われた8月23日も札幌の実家から競馬場に行った。この札幌記念は、当時3歳だったブエナビスタが凱旋門賞に参戦するにあたっての「壮行レース」と見られていた。しかし、単勝1.5倍という圧倒的1番人気に支持されたブエナは、追い込みおよばずキングリーの2着に敗れ、フランス遠征がとりやめになってしまった。

 愕然とした私は、キングリーに騎乗した柴山雄一騎手の囲み取材の輪に入り損ね、帰路につく彼をつかまえ、「さっき答えたのと同じ質問をしてしまうと思いますが」と話を聞かせてもらった。そして、家に戻ってから、凱旋門賞の取材申請を取り消すむねをフランスギャロにメールで伝えた。

 また、東日本大震災が発生した11年、武豊騎手を背に、初ダートとなったシリウスステークスを圧勝したシーンも印象的だった。

 JRA在籍時、栗東・河内洋厩舎にいたヤマニンキングリーは、13年春の中日新聞杯で17着に敗れたのち、川崎の山崎尋美厩舎へ移籍。地方では1勝も挙げられず、14年秋の東海菊花賞で競走中止になったのを最後に現役を退いた。

 その後、千葉の乗馬クラブを経て、今年11月12日から、私が何度もお邪魔している北海道岩内町のホーストラスト北海道(http://www.horse-trust.jp/hokkaido.html)でスポンサー功労馬として繋養されるようになった。  キングリーが岩内に来た3日後の11月15日、ホーストラスト北海道のフェイスブック(https://www.facebook.com/horsetrusthokkaido/)にアップされた写真がこれだ。
熱視点

ホーストラスト北海道に移動してきてから3日後のヤマニンキングリー。

 見てのとおり、あばらが浮き出て、かなりやせていた。

 さらに10日ほど経った写真を見ると、いくらかお腹まわりがふっくらし、目にも活力があるように感じられた。代表の酒井政明さんをはじめとするスタッフのケアがよかったのだろう。

 私が訪ねたのは、キングリーが来てからひと月ほど経った12月10日のことだった。

 そのときの写真が、こちら。

熱視点

12月10日のキングリー。ずいぶん馬体がふっくらしてきた。

 まだあばらは見えるが、だいぶ体が丸くなり、酒井さんや私にじゃれて噛みつこうとしたりする。

「ちょっとお腹だけが出ていて、胸前とかには、まだ張りがないんですけどね」と酒井さん。

熱視点

ホーストラスト北海道代表の酒井政明さんと。

 確かに、胸前に手のひらをあてると、押し込めるほどの厚みはない。もっと元気になって、外を歩き回ったり、走ることができるようになれば、このあたりにも筋肉がついてくるのだろう。

 まだまだ回復途上ではあるが、ニンジンを差し出すと、バリッとひと噛みでまっぷたつにする力はある。

熱視点

筆者が差し出したニンジンを勢いよく食べるキングリー。

 キングリーがここに来るにあたってのいきさつなどを、酒井さんは、あまり積極的には話したがらない。上手く管理し切れず、ガレた状態にしてしまった前の繋養先が、自分の発言によって批判の対象になることは本意ではないからだと思われる。

 ホーストラスト北海道に向かってキングリーが出発したころ、先方から「馬の状態がかなり悪くて申し訳ない」といった電話があったという。つまり、先方は、酒井さんたちに引き取ってもらうことにより、キングリーの状態をよくしてやろうと動いたわけだ。

 私としては、ともかく、想像していた以上にキングリーが元気だったのでよかったと思っている。

熱視点

この窓から他馬の放牧地を見て顔合わせをしている。

 今は、体調の悪い馬などが入る馬房に1頭で入っている。放牧するときも、他馬のいないところに1頭だけで出しているという。

「一度あそこまでやせてしまうと、腎臓などに来るから油断はできないのですが、来年の春には、ほかの馬たちと仲よく放牧できるようになるといいですね」と酒井さん。

 競馬ファンの感覚で言うと10歳は大ベテランだが、ホーストラスト北海道にいる馬としてはかなり若い部類に入る。

 順調なら、キングリーの「馬生」は、これまでよりこれからのほうが長い。

 胸前の感触に弾力が蘇る日を待ちつつ、またキングリーの様子を見に行きたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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