【今月の喜怒哀楽】『3年ぶりのGI勝利 ドバイの結果に背中を押されて』

2016年03月30日(水) 18:01

祐言実行

▲「いい条件が揃ったなかで乗せてもらえたことがすべて」3年ぶりのGI制覇を振り返る

単騎の4番手 絶好の展開

 先週の高松宮記念は、自分にとって約3年ぶりのGI勝利。さほど気にしてはいなかったが、やはり久々に味わったGI勝利は格別だった。

 今回、ビッグアーサーには初めて騎乗したのだが、競馬については何の不安もなく臨むことができた。過去のVTRを見る限り、大きな欠点も見当たらず、何よりどんな競馬でもできることをこれまでに騎乗したジョッキーたちが見せてくれていたから。その裏付けがあったことは本当に大きかった。人気を背負っていたので、もちろん責任は感じたが、自分がすべきことに対してすごく集中できたし、平常心で臨めた一戦だった。

 一番集中したのは、返し馬とスタート。というのも、調教では行きたがるなどかなり難しいところがあるらしく、そういった馬を返し馬で暴走させてしまったら、そこで終わってしまうこともある。だから、調教師にお願いし、他馬に巻き込まれることなく自分のタイミングで一歩目を下ろせるよう、馬場入りの順番をハクサンムーンのひとつ前に変えてもらった。結果的には順番通りでも大丈夫だったかもしれないが、初騎乗ということもあり、そこは念には念を入れさせてもらった。

 (藤岡)康太にもずいぶんいろいろと教えてもらい、いわく去年中京で勝った1000万(岡崎特別・芝1200m)がベストパフォーマンスだったとのこと。高松宮記念と同じコースだけに改めてVTRを見たところ、若干内にモタれる面を見せていたのが気になったので、ステッキを左に持ってスタートに付いた。

 返し馬をうまく終えることができ、残る集中ポイントはスタート。康太から「決して一歩目が速い馬ではない」と聞いていたし、なんせ1200mの内枠。うまく出せれば“いい枠”だが、半馬身でも出遅れようものなら一瞬にして包まれて、そのまま身動きがとれなくなる“最悪な枠”となる。だからすごく集中したし、その後の1ハロンが勝負の分かれ目だと思っていた。

 あの日の中京は、前日から続く高速馬場。前が止まらない馬場であり、かなりの確率でレコードが出ると思っていた。脚をタメる必要がないという点で難易度は下がったが、そのぶん、いかにスムーズに先行できるかがカギに。結果的に一番取りたいポジションをスムーズに取れたわけだが、馬なりであの位置を取れるかどうかもひとつのテーマだった。 

 ミッキーアイルの逃げを予想していたものの、思った以上にローレルベローチェが速く、ミッキーは3番手。自分のポジションについても、当初は“先行集団”をイメージしていたのだが、思いがけず単騎の4番手という絶好の展開になった。内でも外でもどちらでも狙えるポジションだったが、相手だと思っていたミッキーが外にポジションを切り替えたことで、迷わず外へ。

 直線はミッキーに併せていき、最後までしっかりと伸びてくれた。今回の高松宮記念は、最初の1ハロンがカギではあったが、それ以前に、ひと息入れて使えたことで状態面が良かったこと、ベストの左回りであったこと、枠順も良く、この馬向きの高速馬場であったことなど、いい条件が揃ったなかで乗せてもらえたことがすべてだと思う。

 当日の深夜には、リアルスティールがドバイターフを勝利。リアルタイムで観ていたが、あの馬がGI馬になれてよかったなという思い、その背中にいられなかったことへの残念な思い、ライアンが巧く乗って勝たせたことに対する悔しい思い、結果を出せていなかった自分に対する情けない思い……いろいろな思いが交錯し、その気持ちを処理するまでに時間が掛かった。

祐言実行

▲GI馬になった安堵、残念さ、悔しさ、情けなさ…いろいろな思いを抱えて観戦した(撮影:高橋正和)

 ただ、やっぱりライアンの騎乗は見事だった。スタートはあまりよくなかったが、そこから出していって好位へ。壁を作れずに少々苦労しているように見えた場面でも、2番手の馬の後ろで微妙に頭を入れ、そこでひと息、ふた息入れさせていたのはさすがだと思った。

 やはり大事なのは、「あの騎手を乗せてダメだったら仕方がない」と思わせる説得力であり、ライアンには間違いなくそれがある。今回、ドバイに行くにあたって、自分が乗ることに不安を抱かれたということは、ジョッキーとして説得力が足りなかったということだ。

 現実を真摯に受け止めて、ここからさらに自分を高めていけるのか、あるいは「どうせ俺なんか」と腐ってしまうのか──。気持ちの切り替えは簡単ではないが、それを選択するのは自分自身だ。幸いにも、自分には支えてくれる人、応援してくれる人がたくさんいる。その人たちの思いに応えるためにも、「腐ってられへん!」というのが今の気持ちだ。

 もちろん、高松宮記念の勝利にも背中を押してもらうことができた。ドバイの翌日にGIを勝てるなんて、自分は本当に恵まれている。それ以前に、気持ちの面では家族の存在が大きな発奮材料になった。普段は「かっこつけたい」なんて思わないのだが、今回ばかりは「ここで勝たないとかっこつかないよなぁ」なんて、らしくない感情が出た(笑)。

 この仕事をしていれば、当然、いいときも悪いときもある。あくまで理想論だが、一喜一憂することなく、1レース1レースに集中して、精度の高い騎乗を追求していくしかないと思っている。幸いにも、この春のGIシーズンは最高のスタートを切ることができた。少し前にも書いたが、今まで自分がしてこなかったような思い切った騎乗も取り入れつつ、シーズンを通して存在感をアピールできるように頑張っていきたい。(文中敬称略)

祐言実行

▲「思い切った騎乗も取り入れつつ、存在感をアピールしていきたい」

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祐言実行とは

2013年にJRA賞最多勝利騎手に輝き、日本競馬界を牽引する福永祐一。まだまだ戦の途中ではあるが、有言実行を体現してきた彼には語り継ぐべきことがある。ジョッキー目線のレース回顧『ユーイチの眼』や『今月の喜怒哀楽』『ユーザー質問』など、盛りだくさんの内容をお届け。

福永祐一

1976年12月9日、滋賀県生まれ。1996年に北橋修二厩舎からデビュー。初日に2連勝を飾り、JRA賞最多勝利新人騎手に輝く。1999年、プリモディーネの桜花賞でGI初勝利。2005年、シーザリオで日米オークス優勝。2013年、JRA賞最多勝利騎手、最多賞金獲得騎手、初代MVJを獲得。2014年のドバイDFをジャスタウェイで優勝。

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