馬産地で知ったこと

2016年04月09日(土) 12:00


 先日、北海道の牧場をいくつか回り、当歳馬や1歳馬を見せてもらったり、話を聞かせてもらうなどしてきた。

 馬の出産予定日は「種付けの11カ月後」と機械的に決められるため、当然、実際の出産日は前後してくる。初産だと早めになるのか、遅れがちになるのかわからないが、経産駒(けいさんく)だと、それまでのデータがあるのでいくらか備えやすいようだ。とはいえ、やはり生き物は難しい。乳房が張ってきて「乳ヤニ」がつけばもうすぐ、といった識別法もあるが、人のいないところで自力で産み、翌朝放牧地に行ったら1頭増えていた、なんていうこともあるという。

 スペシャルウィークがそうだったように、生まれてすぐ母馬が死に、乳母に育てられるケースも意外と多い。母が仔馬を虐待したり、育児放棄したときも乳母をつける。乳母になるのはだいたいサラブレッドよりおとなしいハフリンガー種などで、母乳で育てるには、その年に出産した馬でなければならない。それをビジネスにしているところもあり、レンタル料は1シーズン(約4カ月間)で80万円ほどだという。乳母が産んだ仔馬は、その間、母なしで育つことになる。

 乳母のレンタル料を節約するため、人間が哺乳瓶でミルクを与え、きちんと育て上げた例もあるという。ただ、生まれてからしばらくは1時間に数回、少し経ってからも2時間置きにはミルクを飲ませなければならないので、かなりのハードワークになる。

 また、生まれてすぐ初乳を飲まないと、母馬から抗体を受けとれず免疫不全になり、感染症にかかる危険性が高くなる。なので、牧場では、なんらかの事情で母の乳房から初乳を飲めなかった仔馬のために、初乳を冷凍保存しているのだという。

 早くに母を亡くした仔馬は、いい意味で人間に依存する部分が多くなるせいか、ずっと母と一緒にいる馬とは性格や雰囲気が違ってくることがあるようだ。スペシャルウィークは、それだけが理由ではないだろうが、武豊騎手によると「ちょっと変わった、飄々とした性格」だったという。

 芦毛の当歳馬も何頭か見せてもらい、全体には鹿毛のようでも、目の周りや球節のあたりがポヤポヤと白っぽくなっていたりと、独特の可愛らしさがあった。

 私などは、当歳を見ては「可愛いなー」と撫でているだけなのだが、この段階で将来の競走馬としての可能性を見極めなくてはいけない調教師は大変だと思う。

 まあ、でも、私が調教師になることは、以前の橋下徹さんではないが、2万パーセントないので、これからも「可愛い、可愛い」とだけ言いながら馬産地巡りをしよう。

 あれこれわかったようなことを書いておきながら、本稿に記した「経産駒」という言葉や、牧場で初乳を冷凍保存していることなどは、今回の訪問で初めて知った。

 先週記した「51歳のオジサンネタ」が意外なほど反響があって戸惑っているのだが、年齢を重ねれば重ねるほど、中身が実年齢に追いついていないことを思い知らされ、情けなくなる。

 ひとつ何かがわかると、別の知らないことが出てきて、その謎を解いたら、また新たな疑問が出てくる。こんなふうに終わりのないことが競馬の面白さなのだが、このエンドレス感をジジイになるまで楽しむには、私の記憶力や理解力の衰えは激しすぎる。70歳を過ぎても若々しい草野仁さんのように、オルニチンでも飲んでみようか。以前、四位洋文騎手が皇潤を愛飲していると何かで読んだのだが、それをマネしてもいいかな。いや、自分の外部にある何かに頼ろうとする時点でダメという気がする。

 周囲の人には、「今のままのあなたでいいですよ」という姿勢で接しようとしているのだが、自分自身に対してはなぜかそれができない。

 話が逸れてきたので、このへんで切り上げたい。

 北海道から東京に戻ると、木曜日の雨と強風のせいもあって、桜がかなり散っていた。

 隠れた花見の名所として、私はずっと前から「桜花賞の時期の中山競馬場周辺、いいですよ」と話していたのだが、今年はどのくらい残っているだろうか。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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