【読者リクエスト】小さいけれど偉大な母!ゴーカイらを輩出したユウミロク/動画

2016年05月17日(火) 18:01

第二のストーリー

▲青森で暮らすユウミロク、メジロラモーヌの同期でオークス2着

青森の地で長寿記録更新の可能性も

 1986年のオークス2着馬で、1987年のカブトヤマ記念(GIII)を制したユウミロクとその子供たちの取材をしてほしいとのリクエストがユーザーから届いた。

 ユウミロクといえば、目黒記念(GII・1996年)、ダイヤモンドS(GIII・1996、1997年)に優勝したユウセンショウ、中山グランドジャンプ(JGI・2000、2001年)、東京ハイジャンプ(JGII・2000年)に勝って障害界のトップに君臨したゴーカイ、10番人気ながら中山大障害(JGI・2001年)を制覇したユウフヨウホウなど、長距離や障害レースで活躍する馬たちを多くこの世に送り出し、繁殖牝馬としても優秀だった。

 およそ33年前の1983年3月26日。青森県三戸郡五戸町の三浦牧場で、ユウミロクは誕生した。父はダービー馬カツラノハイセイコ。母リュウアコンバツトはステイヤー血統のインディアナの血を引いている。

 このインディアナの血が、ユウミロクやその子供たちにスタミナを伝えているのではないだろうか。また現役時代のカツラノハイセイコは、440〜50キロと小振りな体だったが、気で走るタイプの馬だった。その娘ユウミロクもオークス時は402キロと、父譲りの小柄な馬体で過酷なレースに挑んでいた

 大歓声の中、熱い戦いを繰り広げて2着となったオークスから、30年の月日が流れた。ユウミロクは今、青森県上北郡七戸町の塚尾勝安さんの牧場で、静かに余生を送っている。

 終の棲家であるその場所は、皐月賞、菊花賞に勝ち、JRAの顕彰馬にもなったトサミドリや、ともに日本ダービーに優勝したヒカルメイジ、コマツヒカリの兄弟などを輩出したかつての名門・盛田牧場跡にできたハッピーファームの美しい並木道を抜けた先にあった。

 そのハッピーファームの敷地内には、南部曲屋(登録有形文化財 旧盛田牧場南部曲屋育成厩舎)が建っており、同ファームを所有する金子ファームで生産された牛肉を使った料理を提供するレストランや美味しいジェラートのお店がある。

第二のストーリー

▲金子ファームの施設ハッピーファームの並木道。ここを抜けた先にユウミロクのいる牧場が

 並木道が終わって道路を挟んだ向こうに、女性が手を振っていた。

「私、いつもここに立って、お客さんを待っているんだよ」、そう笑顔で出迎えてくれたのは、塚尾勝安さんの奥様の誠子さんだ。敷地に入ってすぐの放牧地に黒っぽい馬の姿があった。ユウミロクだ。

「夏場は光ってきれいなんだけど、冬毛がまだ抜けていなくてね。ちょっとブラシはしてみたんだけど。写真撮るのにごめんね」と誠子さん。夫の勝安さんは体調を崩しており、現在は誠子さん一人でユウミロクの面倒を見ている。

「お父さんは窓からいつも見ていて心配しています。雨降ったらすぐに厩に入れろって。年取ったら気をつけろって、言われるんだよね」

 ユウミロクはというと、放牧地の向こう端で草を食んでいる。

「ユウミ!」誠子さんが呼ぶと顔を上げ、おもむろに歩いて近寄ってきた。「この頃、訪ねてくる人が多いから、何かもらえるかと思って来るんだよね」

 近寄ってきたユウミロクは、誠子さんの言葉通り、ぬいぐるみのごとく冬毛に覆われていた。「私がブラシかけると嫌がるんだよ、尻尾をグルグル回してね。お父さんなら大丈夫なんだけど。(ユウミロクと勝安さんは)お互いにメンコちゃんだから(メンコちゃん=「かわいい」の同意語)」

 誠子さんは「ユウミ」、勝安さんは「クロ」と呼んでいる。クロと相思相愛の勝安さんの話を聞けないのが残念だ。

 競走馬登録を抹消されたユウミロクは、北海道のタイヘイ牧場(青森が本場)で繁殖牝馬となった。前述の通りに重賞勝ち馬を輩出し、繁殖としても非常に優秀だった。塚尾勝安さんの牧場に移動してからも、繁殖牝馬として数年を過ごした。

「北海道の最高の種牡馬のいる所にも種付けしに行ったんだよ。生まれた子供も一緒に連れて。年だから笑われるんじゃないかと思ったけど、ユウミロクなら歓迎ですと言ってもらえて。でも受胎しませんでした」

 現在は繁殖も引退して、放牧地で気ままに暮らす毎日だ。

「お父さんが元気だった頃は、馬体を見ながらそれに合わせて飼い葉も与えていたよ。私はそこまでわからないし、3度同じ餌をあげて青草刈ってあげるだけだから…」

 以前は体にもっと張りがあったというが、最近は痩せてきたと心配そうに話す。「東日本大震災の時は食欲が落ちたね。3年前にお父さんが倒れて私も病院通いしてたからその時も…。目の上のところもくぼんじゃって」

 それでも、その瞳にはまだ力が宿っている。小柄な体で成績を残す馬は気性が勝っているタイプが多いが、ユウミロクのしっかりした瞳もまた、気性の強さを物語っていた。

第二のストーリー

▲「最近は痩せてきた」と誠子さんは心配そうだが、その瞳にはしっかりと力が宿っている

「厩(うまや)から出して放牧地に行くのに曳いている時も、歩くのが速くてグイグイ引っ張られるのよ(笑)。お転婆だと思いますよ。ジャパン・スタッドブック(インターナショナル)の人が2年に1度の助成対象馬の調査に来た時も、放牧地に放した途端、ユウミが走り出して。(人間で言うと)100歳超えたおばあちゃんが走っているってビックリしてたよね(笑)。餌持っていったら、普段も走ってきますよ。フーフーって喜んでくるの。お父さんは無理に走らせるなよって言っていますね」

 今回は残念ながら疾走するユウミロクを目撃できなかったが、ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの引退名馬のHPには、走る姿以外にも、軽快な速歩を披露している動画がアップされている。高齢馬とは思えない華麗なステップを収めたこの動画は、一見の価値がある。

(※こちらの動画は筆者撮影)

 今年は嬉しい出来事もあった。ユウミロクが取材された記事を偶然目にした競走馬時代のオーナーの家族らが、かつての愛馬の健在を知り、驚いて訪ねてきたのだ。

「一緒に来られなかったオーナーのために、動画を撮影していたようですよ。こちらに用事があって来ていたみたいだけど、連続して訪れて、最後の日は道の駅で人参をたくさん買い占めて(笑)、持ってきてくれました」

 オークスで2着に入り、重賞勝ちもプレゼントしてくれた愛馬が、33歳になった今も元気に生きている。それがよほど嬉しかったのかもしれない。

 ユウミロクはまた、ファンの多い馬でもある。「毎年牧草を送ってくれたり、お守りを必ずくださる方もいますよ」

第二のストーリー

▲ユウミロクと誠子さん、ユウミロクの頭絡にはお守りが結ばれている

 同期のメジロラモーヌやダイナアクトレスに比べて、血統的にも地味な存在だったユウミロク。けれども、小さな体でターフの上を駈けるその姿は、たくさんの人の心を掴んだ。さらにはお母さんとなってからも、ユウセンショウ、ゴーカイ、ユウフヨウホウ、重賞は勝てなかったものの障害OPで活躍したマイネルユニバースなど、個性派としてファンに愛された馬たちを送り出した。小さいけれど偉大な母ユウミロクは、いまだに放牧地を走るほどのエネルギーも有している。

 サラブレッド牝馬の最長寿記録は、青森で生まれたカネケヤキ(34歳231日)が保持していたが、それ以前は、ダービー馬ヒカルメイジやコマツヒカリの母で盛田牧場に繋養されていたイサベリーンの34歳206日だった。ともに青森にゆかりある馬だが、ユウミロクもまた、青森の地で長寿記録を更新する可能性を秘めている。(6月2日で満35歳となるナイスネイチャの母ウラカワミユキが、現在サラブレッド牝馬の最長寿とみられる)

「お父さんが倒れて、私も体調が悪い時があったんだけど…。でも私がいないとユウミを面倒見る人が誰もいないから。そう、私がユウミに元気をもらってるの」

 誠子さんはそうつぶやき、ユウミロクに人参を差し出した。毎日世話をしてくれる誠子さんやいつも窓から見守ってくれる勝安さんから、愛情をたっぷり注がれて、ユウミロクは1日1日、彼女らしく生きている。

 今度はユウミロクの子供たちの第二のストーリーも追ってみよう。ユウミロクと誠子さんの紡ぎ出す柔らかな雰囲気の余韻に浸りながら、再び並木道を通って帰途についた。


※ユウミロクは見学可です。

〒039-2506

青森県上北郡七戸町膝森4

塚尾 勝安

展示時間 13時〜16時

2日前までに必ず連絡をしてください。

問い合わせは最寄りの「競走馬のふるさと案内所」まで。

http://uma-furusato.com/annai/network

引退名馬のユウミロクの頁

https://www.meiba.jp/horses/view/1983105709

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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