前田長吉と寺山修司と山野浩一の間で揺れる私

2018年05月31日(木) 12:00


 ダービーの翌日、都内のホテルで「週刊競馬ブック」の懇親会が行われた。テーブルにネームプレートが置かれた、いわゆる着席ビュッフェスタイルで、私の左隣は丹下日出夫さん、右隣はラジオNIKKEIの中野雷太アナだった。

 100名近くが集まったその会場のステージに、「創業60周年 週刊競馬ブック 〜感謝の集い〜 第12回懇親会」と記された、大きなボードが掲げられていた。

 ファンや関係者が「ブック」と呼んで親しんでいる「週刊競馬ブック」を発行する株式会社ケイバブックが、今年、創業60周年を迎えたのだ。懇親会は、さすがブックという感じの、華やかで、楽しい集まりだった。

 先日、今年は何の年か本稿に書いたばかりだが、さらにもうひとつ。今年は、歌人、劇作家、そして競馬エッセイストとして活躍した寺山修司(1935-1983)の没後35年でもある。

 それに合わせ、「書を捨てよ町へ出よう」「田園に死す」など、寺山が監督した映画がまとめて上映されたり、手ぬぐいやTシャツなどの記念グッズが販売されるなどしている。

 没後30年だった2013年は、グリーンチャンネル特番でナビゲーターをしたり、東京競馬場のセミナーで講師をつとめるなど、「寺山修司と競馬」というテーマで、私もいろいろ話すことができた。

 今回はそういう機会はないと思っていたのだが、先日、青森県三沢市の寺山修司記念館の方から連絡をいただき、また関わることができそうだ。詳細が決まり次第、ここに記したいと思う。

 私がブックの懇親会に出席したのは、同誌に寄稿していた「競馬ことのは」というエッセイの連載が終了した2012年以来6年ぶりのことだった。今年のダービー号から「競馬はじめて物語」という競馬史モノの隔週連載がスタートしたので、久々に声がかかった、というわけだ。

 その連載は、競馬史を「はじめて」という切り口で語っていくもので、初回は「はじめて」変則三冠を制したクリフジの主戦騎手・前田長吉(1923-1946)をテーマとした。1回では書き切れないので、第3回ぐらいまで長吉について記し、その後いったん別のテーマに移ってから、また長吉の話に戻りたいと思っている。

 前田長吉は青森県三戸郡是川、現在の八戸市是川で生まれ育った。寺山修司は青森県弘前市で生まれ、八戸市、三沢市などを転々とする。そう、どちらも青森出身なのだ。

 私は、ここ数年、7月末に福島県相馬市と南相馬市で行われる相馬野馬追を取材したあと、さらに北上して八戸に行き、前田長吉の兄の孫の前田貞直さんを訪ね、長吉に関する新たな資料を見せてもらったり、長吉の墓参りなどをしている。

 都内の自宅から南相馬まで300キロ弱。そこから八戸まで400キロ弱。せっかく半分近く(7分の3)まで来たのだから、と、勢いで足を伸ばしている。

 今年もそうして、貞直さんと会ったあと、寺山修司記念館を訪ね、佐々木英明館長や、連絡をくださった学芸員の方にご挨拶できればと思っていたのだが、スケジュール帳を見て頭をかかえた。

 野馬追最終日の7月30日、月曜日の午後6時30分から、都内のホテルで、作家・血統評論家の山野浩一さん(1939-2017)を偲ぶ会が行われるのだ。最終日の野馬懸は午前中で終わるので、偲ぶ会には十分間に合う。

 山野さんは、寺山修司を競馬場に連れて行った人としても知られている。つまり、青森コース、直帰コースのどちらも寺山関連なのだ。悩ましい。

 今年は、いつも泊めてもらっている小高郷の騎馬武者、蒔田保夫さんの家が新築中なので、ホテルを押さえた。連泊できるところがなく、3泊とも違うホテルになったが、空室があってよかった。念のため、月曜日は八戸のホテルを予約しておいたのだが、キャンセルするかもしれない。

 相馬地方には「野馬追基準」という言葉があり、ちょっとした約束や仕事の納期なども「野馬追までに」と決めるなど、相馬野馬追が区切りになっている。

 多くの競馬ファンも同様に、ダービーで気持ちに区切りがついてしまう。今年のダービーが終われば、また来年――という「ダービー基準」が体に染みついている。そのひとりである私は、ダービーが終わって、少し気が抜けてしまった。

 19度目のチャレンジでダービー初制覇を果たした福永祐一騎手の髪に白いものがあるのを見て、時間の流れを感じた。もちろん、彼の活躍ぶりをずっと見て来たつもりではあるが、「福永祐一」と聞いてまず思い浮かぶのは「スーパールーキー」という言葉だった。それが「ダービージョッキー」に上書きされた。1996年の騎手デビューも鮮烈だったが、2018年のダービー勝利は、それ以上に見事だった。

 平成最後のダービーにふさわしい、素晴らしいレースだった。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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