2008年08月30日(土) 23:50
北京オリンピック閉幕から1週間。今回は甲子園の高校野球とも重なっていたため、2つの夏祭りがいっぺんに行われて、ワーワー言ってるうちに終わっちゃった、という感じがします。今はなんだか気が抜けたような…。そういう状態に陥っているのは私だけでしょうか?
さて、今回のオリンピック放送も、ふだんはほとんど耳にすることのないカヌーや飛び込みといった競技の実況が聞けて、大いに楽しませてもらいました。慣れない競技の実況を担当したアナウンサーのみなさん、ご苦労様でした。「そういうオマエは、オリンピックの実況はやりたくないのか」ですって? そりゃぁ、世界のトップアスリートたちの戦いは、どの競技も見応えがあってしゃべり甲斐もタップリ。ご指名をいただければ喜んでやりますよ。でも、フリーのアナウンサーがオリンピックの実況を担当するなんていうことは、まず考えられませんね。ハッキリ言って、誰がそのギャラを払うのか、という問題がありますから。
ところで、私が文化放送の局アナになったとき、某先輩から「球技で1つ、格闘技で1つ、レースもので1つ、ちゃんとした実況ができるようになりなさい」と言われました。あらためて説明するまでもありませんが、球技はサッカー、ラグビー、バレーボールなど。テニスやアイスホッケーもこの部類です。格闘技は、相撲、柔道、レスリング、ボクシングなど。フェンシングや重量挙げ、体操、シンクロナイズドスイミング、フィギュアスケート、陸上のフィールド種目といった競技も、ワザを見極めてしゃべるということで“格闘技系”と言えるでしょう。レースものは、陸上のトラック種目や競泳など。もちろん、競馬も含まれます。野球は球技ですが、これは別格。某先輩によれば、「スポーツアナウンサーが野球をしゃべるのは当たり前。これをモノにしなきゃいけないのは当然として、それ以外の競技で柱になるものを3つ作りなさい。その3つをしゃべれるようになれば、同じ部類の他の競技もすぐに対応できるから」ということでした。
そう言われて「ウーン、なるほど」と思いましたね。そこで私は、球技では、その頃(入社したのは1983年)ブームだったラグビーを、格闘技では、文化放送が「大相撲熱戦十番」という民放ラジオ唯一の相撲中継番組を放送していたことから否応なしに相撲を、そして、レースものでは、当然ながら小さいときから馴染んでいた競馬を、“3本の柱”に据えて練習しました。結局それが、今の私の土台になっているわけで、某先輩のアドバイスにはとても感謝しています。
今、私は、競馬、野球のほか、バドミントン、サッカー、アメリカンフットボールなどを実況しています。これまでには、バレーボールやボクシング、テニス、スキーのノルディック複合(ジャンプとクロスカントリーの2種目をこなすもの。日本ではかつて“荻原兄弟”が大活躍しました)なども担当しました。「どの競技がいちばん難しい?」、「競馬の実況はタイヘンでしょう?」とよく聞かれます。もちろん、どの競技も「ちゃんとしゃべる」のは難しいんですが、私としては競馬よりも相撲のほうが難しいような気がしますね。
競馬は、双眼鏡で馬(騎手)を見てしゃべることさえできれば、なんとか形になります。横一線の大混戦をさばくのはタイヘンですが、ゴール前50mで最後方にいた馬が、突然先頭に躍り出ることはありません。ところが、相撲には一瞬の大逆転があります。そこで間髪を入れず、勝った力士と決まり手を言うのは至難の業です。相撲実況の練習を始めた頃、先輩からは「主語=力士のシコ名を先に」と厳しく言われました。「押した、押した、△△押した! オオッと突き落とし〜、○○の勝ち〜!」はダメ。「△△押した、押した! ○○、突き落とし〜、○○の勝ち〜!」じゃないと、どっちがどうしているのかわからない、ということです。でも、これがタイヘン。ワザの応酬が速いので、どうしても動きのほうを先にしゃべっちゃうんです。一方、競馬は、極端に言えばただ走ってるだけ。ですから、見えた馬の名前をしゃべっていれば実況になっちゃいます。主語=馬名の前に「大外から」とか「内をついて」をくっつけても、シコ名が後から出てくる実況ほどイライラしないでしょう? だから競馬はカンタン、というわけではありませんが、相撲よりはしゃべりやすいと思います。
今回のオリンピック放送を聞いていてあらためて感じたのは、最近決まり手がわかりにくくなってきた柔道や、一瞬の攻防で決着がつくフェンシングも、実況するには難しい競技だなぁ、ということ。“格闘技系”がちゃんとしゃべれる人って、同業者ながらスゴイと感心しちゃいますね。
さてさて、競馬の実況ではなく、馬券と格闘している私ですが、新潟記念はトウショウヴォイスを狙ってみます。夏の新潟出張ももうすぐ終了。いいおみやげを買って帰るためにも、いい馬券を取りたいものです。では、今回はこのへんで。
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矢野吉彦
テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。