2008年09月06日(土) 23:50
今週、海外の競馬ニュースをチェックしていたら、The Australian Racing Hall of Fame(オーストラリア競馬・名誉の殿堂)が、すでに殿堂入りしているバート・カミングス調教師を最高ランクの“legend”(伝説)に位置づけた、という記事を見つけました。
カミングス氏は、“the race that stop a nation”(一国の動きを止めるレース)とも言われるオーストラリア競馬の最高峰、メルボルンカップを11回も制した名伯楽。80歳を越えた今でも現役を続け、今年4月までに勝ち取ったGIのタイトルは249に達しています。これまで“legend”とされたのは、1930年代前半に活躍し、ハイセイコーとオグリキャップとディープインパクト、というより、長嶋茂雄サンと横綱大鵬関を合わせたようなスーパースターとなった競走馬ファーラップだけ。カミングス氏は、現役にもかかわらず、オーストラリア競馬史上で2番目の“伝説的存在”になったわけです。
オーストラリア競馬の殿堂には、33頭の馬、25人の調教師と25人の騎手、それに20人の“関係者”(人や家族)が選ばれています。このうち、“inaugural”(真っ先に殿堂入りした)として別格扱いされているのは、ファーラップなど5頭の馬、カミングス氏ら5人の調教師、通算3251勝を挙げたアーサー・ブリーズリー氏ら5人の騎手と、5人の“関係者”(人や家族)です。
多くの競馬に関する著作を遺した作家やジョッキークラブ(競馬の主催団体)の会長など、オーストラリア競馬の歴史に名を残した5人の“関係者”の中に、ビル・コリンズという人がいます。競馬の殿堂公式サイトの紹介によれば、コリンズさんは、Australia's greatest-ever racecaller(オーストラリアで史上最も偉大な競馬実況アナウンサー)。どんなに大接戦のレースでも的確に実況する卓越した能力で、“精密人間”という異名を取ったそうです。
メルボルンの「オーストラリア競馬博物館&名誉の殿堂」には、コリンズさんの遺品(1997年死去)を展示しているコーナーがあります。私は、デルタブルースがメルボルンカップで優勝する前日に見学したんですが、コリンズさん愛用の双眼鏡が私の使っているものと同じだったので、いたく感激しちゃいました。シドニー空港の免税店で見つけた、ニコン製なのに日本では販売されていないというレアな品物。殿堂入り第1号のアナウンサーが同じものを使っていた、なんてねぇ。もちろん、コリンズさんの写真に向かって「これ、私も使ってます!」とご挨拶しておきました。
それはさておき、実況アナウンサーが競馬の殿堂入りしているというのは、同業者の私にとってはうらやましい限りです。殿堂だけではありません。Australia Post(オーストラリア郵便)では、オーストラリアの歴史上の人物を図柄にした切手シリーズ、Auatralian Legendsを発行しています。競馬シリーズが発行されたのは07年。その図柄に取り上げられたバート・カミングス調教師ら6人の“伝説的人物”の中に、ジョン・タップという競馬実況アナウンサーが含まれているんです。タップさんは1941年生まれ。今もご健在で、1998年に実況の仕事は引退しましたが、オーストラリア全土をカバーする競馬とドッグレースの専門放送局スカイチャンネルで解説者として活躍中です。タップさんが実況したレースは5万レースを越えるとのこと。土日のJRAの競馬を24レースずつ、年に50週休みなく実況したとして、40年以上かかる計算です。オーストラリアの“伝説的人物”に選ばれるのも、当然と言えば当然かもしれません。
コリンズさんとタップさんは、その世界で多大な功績を挙げた人に贈られるMedal of the Order of Australiaという勲章も授章しています。オーストラリアにとって、競馬はそれほど大切なモノで、競馬の名実況アナウンサーは国民的大スター、というわけです。オーストラリアって、いい国ですねぇ。
でも、ここまで書いてきて、ふと疑問に思ったことがあります。コリンズさんは殿堂入りしているのに切手の図柄には取り上げられず、タップさんは切手の図柄になったのに殿堂入りしていない、というのはどうしてなんでしょう?
ひょっとしたら、2人の仕事の舞台が問題なのかな、と思うのですが。コリンズさんはヴィクトリア州メルボルン周辺の競馬場で活躍。一方、タップさんはニューサウスウエルズ州シドニー周辺のレースを実況していました。メルボルンとシドニーはオーストラリアの2大都市。大阪と東京のようなものですが、かつては首都をどっちにするかで大ゲンカしていたこともある“宿命のライバル”です(結局、その中間のキャンベラに町を作って首都としました)。殿堂入りの馬や人を決める選考委員会のメンバーにはメルボルンの競馬関係者が多く、切手の図柄を決めるほうの委員会のメンバーにはシドニーの人たちが多数を占めていた、そこでついつい、ライバル意識が出てしまった、というのが私の推測。これって、考えすぎでしょうか? とりあえずまことに勝手ながら、近い将来、タップさんが殿堂入りし、コリンズさんが切手の図柄になるよう、希望する次第であります。
さてさて、大波乱の新潟記念にはビックリ&ガッカリさせられちゃいましたが、いよいよ今週は新潟競馬オーラス開催。新潟2歳Sはガンズオブナバロンとタニノベローナに期待します。では、また来週。
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矢野吉彦
テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。