2008年09月16日(火) 23:49
岩手県競馬組合が来春より民間会社に業務の大半を委託する方針を打ち出したことにより、合計14社に上る民間会社が名乗りを上げ、様々な(民間会社ならではの)岩手競馬再生のための企画案を提出したのは今年4月のことだったか。
そして翌5月に至り、その委託民間会社を(株)日本ユニシスに絞り交渉を開始することが決定した。そのまま順調に推移していれば、そろそろ来春からの本格的な稼動に向けて様々な岩手競馬改革案が発表されてもおかしくない時期になっているにも拘わらず、9月に入ってから聞こえてくるのは、岩手県競馬組合と日本ユニシス側との間の不協和音ばかり。「こんな状態で大丈夫か」と事態を憂慮する関係者の声をずいぶん聞いた。
日本ユニシスは三井物産グループの情報システム企画開発・販売会社だという。創業1958年。東証一部上場企業で、「スポーツ振興くじ『toto』の販売・払い戻し、会員管理などの基幹業務も開発、運用を手がけている」(岩手日報社)会社だそうである。08年3月期の連結決算売上は3377億円。従業員約4300人(グループ合計約9500人)という。
岩手県競馬組合と折衝に当たっているのは、同社産業機構研究所の矢島洋一所長。矢島氏へのロングインタビュー記事が地元の「盛岡タイムス」(8月8日付けウェブサイト)に一括掲載されており、同社の競馬運営に対する基本姿勢が刺激的な表現ながら窺えて興味深い。
矢島氏は次のように言っている。
「レース数を半分にする。1着賞金は今よりもはるかに高くする。しかし、出走手当ては払わない」「(競馬)組合職員は要らない。仕事やっていないんだし。欲しいのは優秀な現場の職人」等々。そして、同社が岩手競馬運営にあたり、掲げる基本理念は次の三点だそうである。
1.徹底した業務の効率化と組織体系の簡素化 2.地元ファンの確立、拡大と組織化 3.行政との提携による地場産業化
さらに「岩手競馬は2500人の従業員がいて波及効果も含めると年間350億円の経済効果がある産業」であり「わが社のスローガンは地方再生のお手伝いをするということ」と言い切る。岩手県のためにこの一大産業はつぶしてはならない、と矢島氏は主張する。
ところが、9月2日に奥州市で開催された「岩手県競馬組合議会」の「岩手競馬に関する調査特別委員会」に参考人として出席した矢島氏が「(競馬業務の民間受託に関して)具体的なプランはまず組合側と守秘義務契約を締結するのが前提」と発言し、「情報開示が原則」とする組合側との間に意見の食い違いのあることが明らかとなった。
「企業秘密に属する競馬再生のためのノウハウを安易に提供できない」とする日本ユニシス側と、「330億円もの融資を岩手県と盛岡・奥州両市から受けてようやくギリギリのところで存続できた経緯から、岩手競馬再生のための改革案を情報開示しなければ世論が納得しない」とする競馬組合側との意見調整ができないまま今日に至っている。
これを受けて、達増県知事や相原奥州市長などが次々に「守秘義務契約の締結は無理。情報開示が原則」との意向であることを表明しており、その基本的方針が変わらなければ、残る道はただ一つ、日本ユニシス側の譲歩しかないものと思われる。
しかし、そんなことが果たしてできるのだろうか。行政側の頑なとも言える姿勢に矢島氏は不信感を募らせているであろうことは疑いなく、最悪の場合には岩手競馬再生計画からの撤退すら可能性を帯びてきている。
8日に至り、達増知事は「日本ユニシス側からのいい提案がなければ粛々と独自開催の準備を進める」と定例記者会見で発言したという。競馬組合による運営では限界にきているからこそ、民間会社への業務委託を模索してきたわけだが、この発言は今春以来の様々な努力が無駄に終わるかも知れないことを示している。もしそうなれば、何という茶番劇だったのか、という絶望感にも襲われる。
岩手の試みは、来春から新たな運営母体に移管する道営ホッカイドウ競馬にも影響を与えるはずで、交渉の行方が気になるところだが、今の段階ではまったく目処が立っていない。個人的には、この際、民間会社に業務委託し、思う存分力量を発揮してもらえば良いのでは、と考えるのだが…ともあれ、岩手の動向から当分目が離せない。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。