2008年12月02日(火) 19:58
(財)軽種馬育成調教センター(BTC)が行なう事業にはいくつかの項目があるが、その中の一つとして平成4年より始まったのが「育成調教技術者研修事業」である。「競馬の安定的発展のための軽種馬生産基盤の強化と軽種馬の資質向上に向けて、将来軽種馬生産地において技術的中核となる者に、馬に関する体系的な技術・知識を習得させる目的」で開設された。研修期間は当初半年間のだったが、途中より1年間に延長され、現在、第26期生が来春の終了式を目指して鋭意訓練中である。
研修事業は、主に現在BTC事務所のある旧・JRA日高育成牧場の施設を使用しており、45頭の乗用馬に研修生17名、教官5名という陣容である。今春より訓練を開始した26期生は、そろそろ基礎編から応用編へとカリキュラムがステップアップする時期で、この後、来年1月にはJRA育成馬(市場で購買し毎年春にブリーズアップセールにて売却される)への騎乗も予定されている。
1年間で一通りの騎乗技術を習得するのだから、訓練はなかなか厳しい。このほど間近で取材する機会に恵まれたのでその様子をご紹介しよう。
研修生は朝5時半より「仕事開始」である。訓練馬(大半がサラブレッド)の給餌や馬房の掃除、手入れなどの後、午前の訓練開始は8時。基本的には午前中に2鞍乗る。
午後は1時半より、座学や実技など行い、その後また5時まで厩舎作業がある。夜は当番制で7時より30分間の「夜飼い」も回ってくる。
午前中の騎乗訓練を見せていただいた。研修生はそれぞれの騎乗馬の手入れから始まり、馬装まで馬房内で行なう。準備が出来次第、騎乗して集合場所へ向かう。輪乗りで全員揃うまで「常歩」でウォーミングアップを続ける。その後、3班に分かれて馬場入りをする。
1班あたり5〜6人の研修生に対し、教官が1人つく。教官も自ら訓練馬に騎乗し、内埒沿いを1列に進む研修生の外側から1人ずつの騎乗フォームなどを指導しつつ併走して行く。
騎乗訓練全体を統括するのはBTC技術普及課教育係長の斉藤昭浩さん(37)。この日は厩舎横にある一周800mのダートコースを使用した。常歩の後、速歩、そして駆歩と一周ごとに徐々にスピードアップして行き、計4周、3200mの訓練で、3週目には1F22秒程度まで速度が上がった。
横を併走する教官からは、道中ずっと様々な“指令”が飛ぶ。研修生はそれを聞きながら、騎乗フォームを矯正して行く。斉藤係長は、1人ずつの動きを目で追い、チェックする。訓練が終わり常歩で引き上げてくる研修生に気がついた点を簡単に伝えて行く。
「17名の研修生のうち、乗馬経験のあるのは3〜4人です。それ以外はみんな素人でして、年齢も下は16歳(中卒)から上は20代後半まで様々。女性は17名中4名。男女の技術的な差はないと言ってもいいでしょうね。とにかく即戦力の養成ですから、1年間という期間は決して長くはないと思います。アッという間です」(斉藤係長)
乗馬経験の有無は、研修期間の最初こそかなり大きなハンディキャップらしいが、徐々に研修を重ねるにつれて差がなくなって行くものだという。馬にまったく触ったことのない若者が、競走馬を育てる仕事に就きたいと考えた時、いきなり見ず知らずの牧場に飛び込むには相当な覚悟と勇気を必要とするわけで、その前にこうした研修制度を利用し、1年間の訓練を経て一通りの騎乗技術を習得した後に就職するという方法は有効である。
来春入る予定の第27期生は、すでに選考が終わっており、23名が合格している。これまでにこの研修制度を終了した若者は約300名。近年に限ってはこの業界への定着率が約8割という。1年間の課程で研修生が負担する費用は約55万円。これで寮費や馬具など一切が賄われるが、この制度が発足した当初は「費用ゼロ」であった。JRAの外郭団体であるBTCもまた馬券売り上げの低下による経費節減から無縁ではいられず、近年は研修生の費用負担が生じてきている。
因みに、就職率は100%。ここに寄せられる求人は、終了生のおそらく何倍にも達する。それだけ生産地における育成現場は相変わらずの人手不足が続いており、即戦力の騎乗者を求める牧場はひじょうに多いのである。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。