2009年01月21日(水) 11:55
昨年春に引退したはずのストームキャットが、種牡馬復帰。しかも、サラブレッドではなくクオーターホースの繁殖牝馬に交配されるという、ちょっと驚きのニュースが伝わってきた。
1983年生まれのストームキャットは、今年26歳。12頭のチャンピオンホースを含む30頭以上のG1馬を輩出してきたスーパーサイヤーにも、年齢の波は押し寄せ、25歳となった昨年春は32頭の牝馬に種付けした段階でわずか3頭しか受胎していないことが判明。21シーズンにわたった種牡馬生活にピリオドを打った………。はずだったのだ?!。
授精能力が衰えたはずの高齢馬が種牡馬として復帰出来るのには、当然のことながらカラクリがある。アメリカのクオーターホース生産業界は、人工授精を認めているのである。
昨年春に受胎率低下の問題を抱えた際に診療にあたったのが、テキサスA&M大学のディクソン・ヴァーナー獣医を中心としたチームで、当然のことながら診療の過程でストームキャットの精液を採取。チームはこれを現在も保存しており、この精液を用いての人工授精を行おうというプランが浮上したのである。
もっとも、保存してあるのは、受胎率が悪くなって以降に採取した精液だ。普通に考えれば、これを用いても牝馬を受胎させるのは難しかろうと思うのだが、この領域のエキスパートなのが、細胞遺伝学の権威と言われるテキサスA&M大学のヴァーナー教授で、最新技術を駆使して精液の中からクオリティーの高い精子のみを抽出。1回の射精で得られる精液から何百頭もの牝馬を妊娠させるだけの精子を取り出せるとのことで、現在の保存分で今後も充分に「種牡馬生活」を続けることが可能なのだという。
今回のアイディアも、ヴァーナー氏サイドから出たようで、クオーターホース業界へのアプローチも、診療行為を通じてそちらの世界にも太いパイプを持つヴァーナー氏のチームが、全面的にサポートすることになるようだ。
いかにスピード豊かな産駒を多く出したストームキャットとは言え、爆発的なダッシュ力を必要とするクオーターホースの世界で需要があるのかと危惧する方もおられよう。だが関係者によると、クオーターホース業界の反応は「上々」とのこと。その背景には、クオーターホースの世界はサラブレッドよりも更にインブリードが進んでいて、異系の種牡馬は大歓迎されるという事情があるようだ。
筆者は不勉強にして知らなかったが、クオーターホースの牝馬に種付けをしたサラブレッド種牡馬はこれまでも少なからずいたようで、かつてはアリダーなども試したことがあったという。そんな中、近年その領域で最も成功したのがヘネシー(その父ストームキャット)で、決して多くはなかった産駒から2頭のステークス勝ち馬が誕生しているそうだ。あの天下のストームキャットなら、と考える生産者は多いようで、既に01年の2歳牝馬チャンピオン・ユアファーストムーンらが、ストームキャットの配合を決めているという。
かつては、50万ドルという驚愕の種付け料で供用されていたストームキャットだが、09年の種付け料2万ドル。ちなみにクオーターホース業界で最も高いのは、コロナカーテルという種牡馬の4万ドルだそうだ。管理するオーバーブルック・ファームでは「お金のためにやるのではない」とコメント。この斬新なプロジェクトがどのような結果を生むか、興味深く見守りたいと思う。
バックナンバーを見る
このコラムをお気に入り登録する
お気に入り登録済み
お気に入りコラム登録完了
合田直弘「世界の競馬」をお気に入り登録しました。
戻る
※コラム公開をいち早くお知らせします。※マイページ、メール、プッシュに対応。
合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。