人手不足を補うアジア系騎乗者

2009年01月21日(水) 11:50

 平成5年10月に開場して以来、順調に利用馬が増え続けている浦河のBTC(財団法人・軽種馬育成調教センター)は、大晦日と元日の2日間こそ閉場したものの、年明けとともに多くの育成馬で賑わう日々だ。

 昨年秋の段階で、すでに騎乗したままこの施設に通える範囲にある民間育成牧場の馬房数はついに700を超え、現在もなお増えつつある。

 開場して15年が経過したこの一大調教施設は、冬季間の今こそ利用価値が最も高まる季節で、屋内の施設が充実しているために、悪天候時にもほとんど影響なく調教が可能だ。

 いずれも屋内の直線ウッドコース(1000m)、ダートコース(600m)、坂路ウッドコース(1000m)などが冬季間の調教場となるが、これらの利用料は1日あたり800円。日曜日を除き月25日間の利用でも、わずか2万円にしかならない。

屋内600mダート調教風景

 当初はわずか1日平均35頭程度の利用からスタートしたこの施設が、開場12年目の平成17年には、1日平均500頭を超える頭数にまで激増しており、以後、数字はほぼ横ばいのまま安定している。

 それに伴って、利用馬の競走成績もまた年を追うごとに上昇の一途をたどり、平成19年度には、中央751勝、地方2194勝を数えるまでになった。実際にどの程度の期間もしくは回数、ここで調教を積まれたかは馬によりかなりの差があり、一様ではないが、いわゆる「BTC効果」とも言うべき付加価値をこの施設から実感として受け止めている関係者はひじょうに多い。広大な面積、抜群のロケーション、様々な施設によりバラエティに富んだ調教メニューが組めることなど、冬季間という気象上のハンディキャップを差し引いても、この施設の魅力は余りある。

屋内直線ウッド調教風景

 さて、現在、ここを主に利用している育成牧場は大小合わせて約40牧場ほど。近年はどこの育成牧場でも騎乗者不足に悩まされているのだが、その穴を埋めているのが、東南アジア系諸国からの出稼ぎ騎乗者たちだ。以前、ここではオセアニア系白人が多かったのだが、近年は完全にマレーシアやフィリピンなどから来ている騎乗者が主流である。

 浦河町における外国人登録者数は12月末現在でちょうど100人。

 国別の内訳は、多い順に列記すると、フィリピン人40人、マレーシア人20人、ニュージーランド人10人韓国人8人と続く。因みに、イギリス人は4人、ブラジル人も4人、アメリカ人に至ってはわずか1人である。

 マレーシア人とフィリピン人のみならず、この町で暮らす外国人たちのほぼ9割は何らかの形で「馬業界」に従事しており、その多くが騎乗者である。マレーシアもフィリピンも、もちろん競馬場があるものの、やはり日本に来て働く方が高い報酬を得られるのである。

フィリピン人騎乗者

 個人差が多少あるとは思うが、彼らの平均的な月収はおおよそ25万円程度。もちろん、母国には家族が暮らしており、実際にはそれらのうちから相当額を「仕送り」している。

 私の知人Bさんは、手元に7〜8万円程度を残し、他の全てを家族に送金する。金額にして17〜18万円。フィリピンで、これだけあると一族郎党がみんな優雅に生活できるのだそうで、「子供を学校に通わせたり、家を改築したりしている」らしい。

 で、本人は残りの7〜8万円で生活するわけだが、見ていると、まず贅沢は一切しない。「せいぜい食費と後は携帯電話の通話料くらい」しか遣わず、ネオン街を飲み歩くことも、パチンコ屋に出入りすることもない。家族のためにひたすら質素な生活を送っている印象なのだ。

 フィリピンでは騎手のライセンスを持つ人がとても多いという。しかし、競馬場で実際にレースに騎乗できる人はごく一部らしく、あまり上手ではない人ややや年齢が高くなった人は恵まれない環境にいるらしい。

 そういう人たちが日本にやってきて騎乗者として働き始め、徐々に口コミでその輪が広がってきた。血縁や友人関係などを頼って日本にやってくるケースも多く、一牧場に数人単位で同胞が働く例が多い。また、私の知る範囲では、フィリピン人とマレーシア人が同じ牧場に所属している例はなさそうだ。

 言葉の壁や習慣の違いなどのハンディキャップはあっても、当分の日本人騎乗者の人手不足が解消しそうな気配はなく、その穴をこうして東南アジアの人々が確実に埋めてくれている。この傾向はしばらく続きそうである。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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