2009年07月14日(火) 23:59
「ターフのクイーン」ヘイリー・ターナーの今シーズンが、7月10日、ようやく幕を開けた。
彼女の存在を御存知ない方のために、その略歴を改めてご紹介したい。
4年前の05年に年間44勝を挙げて、女性騎手として史上初めて見習騎手チャンピオンのタイトルを獲得。「競馬発祥の地に出現した、史上もっとも有望な女性騎手」と称されたターナー。その後も期待を裏切らぬ成長を続け、06年から3年連続で英国における国別騎手対抗戦のシャーガーCに、英国チームの一員として参加。07年、08年と世界の名手を相手に勝ち星をゲットし、欧州以外の競馬サークルにもその名が轟くことになった。
そして昨年、年間の勝ち星が女性騎手としては歴史上初めて100勝の大台に到達。その存在はもはや競馬サークルを飛びこし、“Queen of Turf(ターフの女王)”として、英国民の間に広く知れわたることになった。
83年1月3日生まれだから、今年26歳。見目にも麗しくチャーミングな女性騎手が、華麗なステッキワークを見せて勝ち星を量産するのだ。人気が出ないわけがなく、ターナーが騎乗する競馬場には親衛隊とおぼしき集団まで登場するようになったのが、ここ1〜2年のことだ。
マスコミもそんな彼女を放っておくわけがなく、競馬番組はもちろんのこと、時にはバラエティー番組にも登場。もちろん、御膝元の競馬サークルでも、商売に熱心なブックメーカー各社が今シーズン開幕前に、「今年のロイヤルアスコットでターナーが勝ち星を挙げる=5倍(コーラル)」、「今年中にターナーが英国でG1を獲る=10倍(ウィリアムヒル)」など、続々とターナー絡みの馬券を発売するなど、欧州競馬を代表する顔として活躍することが期待されていたのが、今季のへイリー・ターナーであった。
そんな彼女をアクシデントが襲ったのが、英国における芝平地シーズンの開幕を3週間後に控えた、3月3日の朝だった。フィル・マッケンティー厩舎の調教に参加していたターナー。ゲート練習を行っていた3歳セン馬オールドセイラムに跨っていたところ、馬がゲート内で暴れて転倒。頭部を強打して意識を失った彼女は、ケンブリッジのアデンブルック総合病院に救急搬送されることになったのである。
幸いにして、頭部を含めてどこにも骨折はなく、内臓にも何ら問題がないことが判明したのだが、結局ターナーは3月21日の芝平地開幕日を、戦線離脱の状態で迎えることになった。英国では、ケガで戦列を離れた騎手が復帰する場合、統括団体であるBHAが行うメディカルチェックを受けなければならないのだが、BHAから委託された専門医が、ターナーの復帰にゴーサインを出さなかったのである。
医師が、ターナーの騎乗を差し止めた理由は2つ。1つめは、わずかではあったが、ターナーの脳に腫れが見られたこと。2つめは、落馬事故前後に記憶の欠落が見られたこと。日常生活には全く支障がないものの、何かの拍子に意識や視力を突発的に失う「ブラックアウト」を引き起こす可能性があり、騎乗は危険というのが、医師の診立てであったのだ。これを受け、BHAはヘイリー・ターナーに、「1年間の資格停止処分」を申し渡したのであった。
今年の競馬を盛り上げるはずだった「ターフのクイーン」の、思いもよらぬ長期戦線離脱に、関係者もファンも落胆した。ブックメーカー各社は、ターナー絡みの馬券の発売中止に追い込まれ、異例のことながら、発売済みの馬券の払い戻しに応じることになった。だが、丸々1年棒に振ることを覚悟していたシーズンの半ばで、クイーンはターフに帰ってくることになったのだ。必死にリハビリに励んだターナーは、自らの体調が「馬に乗らないことが勿体ない」ほどに回復していると自覚。独自に医師の診断を受けたところ、脳の腫れもすっかり引き、健常人と何ら変わらぬ状態に戻っていることが確認されたため、BHAに対して処分撤回の申し立てを提出。BHAが指定した医師によるメディカルチェックにも合格したため、資格停止処分が解除されることになったのである。
騎乗解禁初日となった7月10日、ターナーはアスコット競馬場で行われた2歳戦に、マイケル・ベル厩舎のプロンプターに騎乗して参戦。経験馬も居た中、ここがデビュー戦だったプロンプターを2着に持ってくるさすがの手綱さばきを見せ、復帰を待ちわびていたファンの大歓声を浴びた。
そして翌11日、ノッティングハム競馬場の第4レースに組まれた3歳ハンデ戦に、同じマイケル・ベル厩舎のロンボックに騎乗して参戦。5番人気のロンボックを勝たせて、復帰後初勝利を飾っている
大きく出遅れはしたが、完璧な体調でターフに帰ってきたターナー。果たしてどんな騎乗を見せるか。そして、彼女にビッグレース制覇のチャンスは巡ってくるか、今季後半の世界の競馬の、大きな楽しみとなりそうだ。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。