ゼニヤッタ、スリリングに12連勝

2009年08月11日(火) 23:59

 一瞬、ゼニヤッタの連勝が止まったかと思った。馬群が直線に向いた時点で、ゼニヤッタは依然として4番手。先頭を行くレザルヒートとの間には、およそ4馬身半の差があった。舞台となったデルマーは、小回りコースの多いアメリカの競馬場の中でもコンパクトな方で、直線の長さは約280mしかない。

 8月9日(日曜日)にカリフォルニア州で行われた、牝馬による距離8.5fのG1クレメントハーシュS。競馬場に詰めかけた観衆も、テレビやインターネットのモニターに注目した世界中の競馬ファンも、実にスリリングな瞬間を分かち合うことになった。レースは7頭立てだったが、ファンの関心は7番枠からスタートした大柄な黒鹿毛馬1頭に注がれていたと言っても過言ではない。世界が直線コースでの走りを固唾を飲んで見守ったのは、単勝1.2倍という圧倒的本命に支持されていた、ゼニヤッタ(牝5歳)であった。

 デビュー以来ここまでの戦績、11戦11勝。昨年秋のBCレディーズクラシックを含めて、パーフェクトな実績を誇り、7月末に発表されたワールドサラブレッドランキングでは、3月の行われたドバイワールドCを14馬身差で圧勝したウェルアームド(セン6歳)を押しのけ、レーティング面でもアメリカの全現役馬の中でトップに立った、自他ともに認める「全米現最強馬」である。

 昨年も勝っているこのレース。ゼニヤッタのスタートはいつものようにもっさりとしたもので、前半の彼女は馬群最後方という、毎度おなじみのポジションであった。

 ここでも手綱をとった主戦のマイク・スミスによると、ゼニヤッタの2馬身前方にいた、全体では6番手のポジションとなるライフイズスウィート(牝4歳)を目標にレースを進めたという。ライフイズスウィートは、今年3月のG1サンタマルガリータHを含めて重賞3勝。前走は、ゼニヤッタとの対戦を避けて牡馬相手のG1ハリウッドGCに回り、西海岸の一線級を相手に3着に健闘。ここは2番人気に推されていた馬だから、本命馬の戦術としては極めてまっとうなものであった。

 ところが、誤算があったのが展開だった。出てくればペースを作ると見られていたブリーキャットやパトリシアジェムが、直前で出走を回避。残ったメンバーなら、この馬が引っ張るだろうと見られたシャンパンアイズが無理には行かなかったため、押し出されるように先頭に立ったのが、これまで逃げて競馬をしたことがほとんどなかったレザルヒート(牝4歳)だった。結果としてレースはスローに流れ、半マイル通過48.84秒、6Fの通過が1分13秒64という、このクラスとしては極めて遅いラップが刻まれて行ったのである。

 ちなみに、ゼニヤッタのここまで11戦のラップを見ると、6F通過はどんなに遅くても1分11秒台後半だったから、彼女にとっては経験したことのない流れであった。

 一方、近走の成績がイマイチだったため、ここは人気薄だったレザルヒートだが、3歳時の昨年はG2ハリウッドオークスに勝ち、G1デルマーオークスでも3着になっている実績馬である。ノーマークで逃がすには危険な相手であった。

 更に言えば、5歳を迎えた今季のレース振りに、昨年までは見られなかった若干のズブさが垣間見えるようになったゼニヤッタだけに、向こう流しに入ったあたりでファンとしては「おいおい、大丈夫か」と、いささかの懸念を抱きはじめたのであった。

 3コーナー手前から、ライフイズスウィートの鞍上ギャレット・ゴメスの手が動きはじめたのを見て、ゼニヤッタのマイク・スミスも追撃態勢へ。3〜4コーナーで大外を捲って進出し、直線入口では先頭を窺うところまでポジションを上げるという、ゼニヤッタのいつものパフォーマンスをファンは期待したのだが、超が付くスローペースで流れたここは、さすがのゼニヤッタと言えども「他馬をまとめてひと捲り」というわけにはいかず、冒頭に記したように直線に向いてなお、先行馬群との間に詰めるべき大きな差が広がっていたのであった。

 このあたりでファンの脳裏をよぎったのが、13年前の夏に同じデルマー競馬場で繰り広げられた光景だった。G1パシフィッククラシックに出走したシガーが、伏兵デアアンドゴーの大駆けを捉えきれずに2着に敗れ、連勝記録が”16”でストップしたのが、まさにデルマーの夏開催だったのだ。

 歓声と悲鳴に、諦めの嘆声が混じり合った、何とも形容のしがたい大音声がスタンドに轟く中、全く動じていなかったのが、ゼニヤッタとマイク・スミスだった。エンジン全開となったゼニヤッタの脚はやはり桁違いで、先に行く馬たちの首根っこを1頭づつ捕まえるようにして、馬場の大外をグイグイと進出。逃げたレザルヒートを捉えて先頭に立ったアナバーズクリエイションを、最後の一完歩で交わし、アタマ差の勝利を飾ったのであった。

 翌朝のサラブレッド・デイリー・ニュースによれば、ゼニヤッタは最後の2Fを22.49秒で駆け抜けているそうで、まさしく電撃の末脚を発揮しての12連勝達成であった。

 今季最大の目標は、ブリーダーズCにおいているゼニヤッタ。その前にもう1戦する予定で、おそらくは昨年も走ったサンタアニタのG1レディーズシークレットになると言われている。ここを勝って、86年から88年にかけて13戦無敗の成績を残し「ミス・パーフェクト」の異名をとったパーソナルエンサインの記録に並び、BCを制してパーソナルエンサイン超えというのが、陣営の描く青写真であろう。

 あるいは、BCは牝馬同士のレディーズクラシックではなく、クラシックで牡馬と対戦というプランもあるゼニヤッタ。この他にも、3歳最強牝馬レイチェルアレクサンドラとのマッチレースの噂も飛び交っており、当分の間はこの馬の動向から目が離すことが出来なさそうである。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

新着コラム

コラムを探す