レベルの高い上場馬

2009年10月20日(火) 23:59

 11月10日にケンタッキーで行われる「ファシグティプトン・ノヴェンバーセール」、11月10日から22日まで同じくケンタッキーで行われる「キーンランド・ノヴェンバーセール」のカタログが手に入ったが、上場馬のレベルの高さには目を見張らされる。10月28日(水曜日)に静内で開催される株式会社ジェイエス主催の繁殖馬セールも、今年は社台グループから多数の上場馬があるなど、かつてないほど高品質と話題になっているが、ケンタッキーの牝馬セールは、更に上のスケールを誇る豪華さである。

 例えば、ファシグティプトンの上場番号73番は、10月10日にキーンランドで行われたG1ファーストレディーSを制して2度目のG1制覇を果たしたダイヤモンドレラ(牝5歳)であり、上場番号120番は同じく10月10日にサンタアニタで行われたG1イエローリボンSを制して4度目のG1制覇を果たしたマジカルファンタジー(牝4歳)だ。ダイヤモンドレラは11月7日に行われるBCターフスプリントの、マジカルファンタジーは11月6日に行われるBCフィリー&メアターフの有力馬だから、セール開催時にはBCを勝ったばかりのチャンピオン牝馬として上場される可能性がある馬たちなのである。

 あるいは、同じファシグティプトンの上場番号146番は、10月4日にサンタアニタで行われたG1ノーフォークSを制し、デビューから無敗の4連勝を飾ったルッキンアットラッキーの母プライヴェートフィーリング(牝10歳)である。ルッキンアットラッキーは11月7日に行われるBCジュヴェナイルで本命視されている馬だから、セール開催時のプライヴェートフィーリングは、BCを制した2歳チャンピオンの母として上場される可能性が大きいのである。

 こういう、ダイナミズムに溢れた牝馬市場は、残念ながら日本では展開されたことがない。JRHAセレクトセールの発足によって、庭先取引から市場取引への体質転換に踏み出した日本の競走馬市場だが、繁殖牝馬や現役馬に関する限り、仮に超一流の売り馬が居ても、受け皿となる公の市場がほとんど見当たらないのが、我が国の実情である。キーンランド・ノヴェンバーに目を転じれば、今年の目玉はウィンドフィールズ・ファームとオーヴァーブルック・ファームのディスパーザル(一斉放出)だ。

 ノーザンダンサーをはじめ数多の名馬を生産し、実に9回にわたって北米リーディングブリーダーの座に付いている名門牧場がウィンドフィールズであり、一方のオーヴァーブルックは、ピーナッツ・バターの販売で財をなしたウィリアム・ヤング氏が創設し、ケンタッキーダービー馬グラインドストーンをはじめ数多くの活躍馬を輩出した牧場である。いずれも、馬に熱心だった当主が亡くなり、遺族には牧場経営を続ける意思がなく、所有馬すべてが売りに出されることになったものだ。

 例えば、オーヴァーブルックから上場される上場番号440番は、母がBCジュヴェナイルフィリーズ勝ち馬フランダースで、姉に3歳牝馬チャンピオンのサーフサイドがいるという当歳牝馬(父バーナーディーニ)である。オーヴァーブルック・ファームが競走馬の生産と所有を続けるなら、絶対に市場には出て来ない血統で、購買者側にとってみれば、まさに喉から手が出るほど欲しい馬だ。こういう血脈がマーケットに流出するのが、ディスパーザルの醍醐味なのである。

 日本でも、バブル崩壊後の長い景気低迷によって、馬主活動をやめる方や生産事業を停止される方が少なからず出ていると伝えられているが、だからと言って、門外不出だった名血が公の市場に出されたという話は、残念ながらほとんど耳にしたことがない。

 ことに現役馬の流通というのは、日本人の気質に合わない面もあろうが、しかし、日本の競馬が産業として成熟するには、現役馬や牝馬の市場が形成されることが肝要と考える。言葉は悪いが、「うまく売り抜ける」機会が設定されているなら、競走馬市場に資金を投じてみようかという投資家も増えるはずなのだ。

 主催者、あるいは、行政機関がリーダーシップをとって、現役馬や繁殖牝馬のマーケットが構築される日が来ることを期待したい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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