2009年12月08日(火) 23:59
11月23日から12月3日まで英国のニューマケットで開催されていた、タタソールズ社主催のミックスセール「ディセンバーセール」は、総売り上げが前年比14.0%アップの5690万ギニー、平均価格が前年比3.9%アップの40,674ギニー、中間価格が前年比36.3%アップの15,000ギニー、前年36.7%だったバイバックレ−トが今年は21.4%という市況を残して終了した。
ご承知のように、07年後半から下降し始めた世界経済は、08年9月のリーマン破綻をきっかけに「100年に1度」とまで形容される深刻な状況を迎え、そうでなくとも悲観的材料が多かったところへ持ってきて、11月末にはドバイを震源とした金融危機のニュースが世界へ伝播。いったいどうなるものやらと、誰もが戦々恐々たる思いで迎えた中での市場であったことを鑑みれば、びっくりするような好調ぶりと言えよう。
ましてや今年のディセンバーセールは、カタログ記載馬が前年より545頭も少なく、93年以降では最も少ない頭数となっており、総売り上げが前年を上回ると予測していた関係者は、皆無であった。
50万ギニー以上で購買された馬は、前年の8頭から今年は7頭と微減しており、高い価格帯では落ち着いたトレードが展開されていたと言えよう。それでいて、総売り上げが前年を上回るという好結果が出たのは、中間以下の価格帯における需要が極めて分厚かったからで、中間価格の上昇が平均価格の上昇を大きく上回ったことや、バイバックレートが大きく下降したことなどからも、マーケットが広く堅固に買い支えられたことが窺えよう。
好況を生んだ原因として、まずは、新規の購買者が多かったことが挙げられている。一般景気が芳しくないのに、新規参入が多いというのは、英国をはじめとした欧州において競馬産業が立脚する“立ち位置”が、世界の他の地域といささか異なることを示していると言わざるを得まい。
更に、好結果をもたらしたもう1つの要因として分析されているのが、外資の積極的な流入である。中間以上の価格帯においては、オーストラリアや日本からの購買者が活躍。中間より下の価格帯においては、ロシアからのバイヤーが積極的な購買を行い、市場全体を支える上で貢献を果たしたと評価されている。
さて、政府系企業の債務が嵩み、資金繰りが悪化していることが判明したドバイを本拠地とするバイヤーだが、このディセンバーセールでもシェイク・モハメドは、当歳セッションに112万ギニー(約1億7千万円)を投入。シェイク・ハムダン、ラバー・ブラッドストックらも購買を行なった。ドバイ発の金融危機と競馬との相関については、いずれ改めて書きたいと思っているが、「馬への投資には影響がない」というのが衆目の一致するところで、私自身も複数の関係者を取材した末に、同様の感触を持つに至っている。
“記録上”の最高価格馬は、セール2日めに登場した3歳牝馬ソング(父サドラーズウェルズ)。自身は未出走馬だが、愛1000ギニー馬イエスタデイやG1モイグレアスタッドS勝ち馬クオータームーンの全妹という超良血馬で、オーストラリア人馬主のポール・メイキン氏が購買した。ソングは来年、今季限りで引退した今世紀最強馬シーザスターズを配合される予定だ。
ソングをわざわざ“記録上”の最高価格馬と断ったのは、市場がこれを上回る評価をした馬がいたから。セールスリングで180万ギニーの値がついたのが、ロイヤルアスコットのコロネーションSを含め3つのG1を制しているラッシュラッシーズ(牝4、父ガリレオ)である。今季限りで現役を退くことになったのだが、共同馬主の一人であるジョン・コーコラン氏にはこの馬を繁殖牝馬として供用する意思がなく、もう一人の馬主である調教師のジム・ボルジャーがコーコラン氏の持ち分を買い取って、単独のオーナーとなって繁殖入りさせることになった。ラッシュラッシーズの権利の半分をいったいいくらにするべきかは、市場に判断を委ねるのが公正として、彼女はディセンバーセールに上場されてきたのである。こうして市場では、ジム・ボルジャー師が180万ギニーでラッシュラッシーズを購買したのだが、ボルジャー師は彼女の上場者でもあったため、記録上は「買い戻し」扱いになったものだ。記録上の最高価格場ソング同様、ラッシュラッシーズもまた、来春はシーザスターズを交配されることが決まっている。
さて、日本人によると見られる購買は、平均176,643ギニーで14頭であった。前年が平均112,750ギニーで12頭だったから、確かに市場関係者から“健闘”と称えられる貢献ぶりである。日本行きのドラフトには、G2ロンザーS勝ち馬インフェイマスエンジェル(牝3、父エクシードアンドエクセル)をはじめ、4頭の重賞勝ち馬が含まれている他、ダラカニ、ダンシリ、ミスターグリーリーといったトップサイヤーを受胎している馬たちが含まれており、質的にも非常に高いものとなっている。彼女たちが日本の競馬場にどんな産駒を送り込むか、今から楽しみである。
バックナンバーを見る
このコラムをお気に入り登録する
お気に入り登録済み
お気に入りコラム登録完了
合田直弘「世界の競馬」をお気に入り登録しました。
戻る
※コラム公開をいち早くお知らせします。※マイページ、メール、プッシュに対応。
合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。