ニューヨークの平地競馬が存続の危機に

2010年06月19日(土) 00:00

 祝・函館競馬場新装オープン&夏の福島競馬開幕。今年も、サマーシリーズの季節がやってきました。おいしい食べ物とおいしいお酒をエネルギー源にして、うっとうしい梅雨と暑い夏を乗り越え、おいしい馬券をゲットしたいものです(と、毎年思っているのですが、たいがいゲットできるのは食べ物とお酒だけ。でも、まぁいいか)。

 いきなり話は変わりますが、今週、メジャーリーグを観戦しにアメリカに行ってきました。14日(月)に成田を出て、同日にアナハイムでエンゼルス対ブリュワーズ戦を観戦。15日(火)はセントルイスでカージナルス対マリナーズ戦、16日(水)はニューヨークでヤンキース対フィリーズ戦を見て、17日(木)にニューヨーク発。18日(金)に成田に戻り、自宅で荷物を取り替えて福島入り。翌19日(土)の仕事に備えるというスケジュールでした。

 アメリカでは、夜7時過ぎに始まるナイターを試合終了まで見た後に、朝6時50分とか7時45分発なんていう飛行機で次の目的地に移動。空港にはその2時間ほど前には着くようにしていますので、当然ながら超寝不足状態が続きました。もう時差ボケになっているヒマもないくらい。ただし、こういう日程をこなしてしまうと、帰ってきてからのリズムをこちらの時間に合わせるのがわりとラクなんです。とはいえ、トシもトシですし、いつまでこんな旅を続けていられるのやら。

 さて、今回は競馬とは関係がない旅、のはずだったのですが、やっぱり切っても切れない縁があるようですね。16日のヤンキース戦で始球式の投手役を務めたのが、今月5日のベルモントSをドロッセルマイヤーで制したウイリアム・モット調教師だったんです。そういう時にたまたま出くわしちゃうんですから、なんとも不思議なものです。

 ところで、同調教師は、あのシガーを管理していた人。アメリカの競馬ファンなら知らない人はいないはずです。なのに、ヤンキースタジアムの観衆の反応は今イチでした。野球場なのですから、仕方がないところかもしれません。

 2004年の春、フィラデルフィアでフィリーズ対メッツの試合を観戦した時にも、調教師が始球式に登場してきました。ジョン・サーヴィスという人。アメリカ競馬に詳しい方ならおわかりでしょう。その年にケンタッキーダービーとプリークネスSの2冠を制したスマーティジョーンズの調教師です。同調教師は、フィラデルフィアの競馬場をホームコースにしていました。その彼が始球式に出てきたのは、スマーティジョーンズが3冠獲得を目指してフィラデルフィアの厩舎からニューヨークのベルモント競馬場へ乗り込もうとする前夜。彼が紹介されると、場内からは今回とは比べ物にならないくらい、大きな拍手と歓声が沸き起こりました。

 それもそのはず。スマーティジョーンズは、プリークネスSで2着馬に11馬身半もの大差をつけ圧勝。この馬なら3冠獲得も大いに可能性あり、ということで、全米の注目を集めていたところだったんです。フィラデルフィアの野球ファンにとっても、スマーティジョーンズとサーヴィス調教師は新たな地元のヒーロー。「明日はいよいよ(スマーティジョーンズが)ニューヨークへ旅立ちます!」なんて場内アナウンスされた日には「それ行け!頑張れ!」とならないわけがありません。まるで、メジャーリーグのスタジアムが、スマーティジョーンズ3冠獲得への壮行会に早変わりしたみたいでした。

 実際そのときは、同馬の移動の様子をテレビ局のカメラがヘリコプターまで駆り出して追いかけ、翌日の新聞には、馬運車が何時何分にペンシルヴァニア州警察の先導で○○インターチェンジからフリーウェイに入り、州境の××でニューヨーク市警察がそれを引き継ぎ、何時何分にベルモント競馬場に到着した、なんていう記事が載ったほど。競馬が、ほかのメジャースポーツに勝るとも劣らない扱いを受けていました。フィラデルフィアの駅の売店では、同馬のキャラクターグッズを売っていましたからね(私もTシャツを買っちゃいました)。

 しかし結局、同馬はベルモントSで伏兵バードストーンの2着に敗れ、惜しいところで3冠を逃してしまいます。とはいえ、レース当日のベルモント競馬場には12万人を超える観衆が詰めかけたそうで、その人気はまさにメジャー級だったわけです。

 それに比べると、今回は至って地味。ヤンキースタジアムの野球ファンにとって、競馬は“その程度”の存在だったようです。もしこれが、3冠を獲得したばかりの調教師の登場だったら、観衆全員のスタンディングオベーションになっていたかもしれませんが…。

 さらに、今、ニューヨークの平地競馬(ベルモント、アケダクトとサラトガでの競馬開催)は、存続の危機にさらされています。原因はもちろん財政難。一時は今月9日限りで開催打ち切りになりそうだったのが、ニューヨーク州政府からの融資を受けて、今年いっぱいはなんとか存続することになりました。とはいえ、来年以降がどうなるか、まだわからないようです。

 もともとアメリカの競馬は、規模は世界最大ながら経営のほうは苦しく、ほとんどの主催者がカジノを併設して生き残りを図っている状態でした。そこにリーマンショック以降の景気低迷が追い打ちをかけています。スマーティジョーンズのような馬が現れたときは別として、そうじゃないときの競馬は、ハッキリ言ってマイナースポーツのような存在です。今週、私がアメリカに着く前の日、ハリウッドパーク競馬場でゼニヤッタがデビュー以来の連勝を17にまで伸ばしましたが、その快挙を伝える地元新聞の記事は大きなものではありませんでした。

 生産頭数や競馬界で動く金額の多さでも世界トップと言っていいアメリカが、そういう状況なのです。野球、アメフト、バスケット、ゴルフ、テニスなど、ライバル関係にあるメジャーなスポーツがたくさんあるアメリカだから、なのかもしれませんが。

 今のところ、日本の競馬は、国内でそこそこ注目度の高い“種目”だと思います。でも、昨今の馬券売り上げの減少は、競馬の危機を物語る何よりの証しに他なりません。アメリカの競馬が置かれている状況が、近い将来の日本の競馬には当てはまらないと誰が言えるでしょうか。

 今回は、メジャーリーグを楽しむための旅行だったのですが、競馬について、ついそんなことを改めて思い知らされてしまいました。今こそ、中央、地方関係なく、競馬に関わる人たちの英知を結集して、“今そこにある危機”に対処しなければいけないでしょう(ちょっとエラそうですね)。

 私も、そういう競馬界にお世話になっている人間の端くれですから、なお一層がんばらなくちゃ。夏競馬だからといって、飲み過ぎている場合じゃないですか?では、今週はこのへんで。

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矢野吉彦

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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