「NYRA」の破綻騒動を改めて検証

2010年06月29日(火) 23:00 1

 ひとまず沈静化した感がある「NYRA」の破綻騒動だが、事が事だけに、ここで改めて検証してみたいと思う。

 6月5日に行なわれた北米3歳3冠最終戦ベルモントS。レース後、表彰式のプレゼンター役としてニューヨーク州デヴィッド・パターソン知事がステージに上がると、期せずして場内からブーイングが起きた。「政府の対応が遅いから、こんなことになったのだ」という、ファンの抗議の表れだった。

 ファンの声も充分に理解出来るものだったが、一方で、ニューヨークの競馬を統括するニューヨーク競馬協会(NYRA)が窮地を迎えている責任を、現職の知事だけに負わせるわけにはいくまい。なぜならNYRAの経営悪化は、昨日、今日、表面化した話ではないからだ。

 20世紀末、80年台初頭からおよそ20年にわたって、協会幹部が脱税を含む汚職を働いていたことが発覚。それだけが要因ではないものの、放漫と言っても過言ではないいい加減な運営が長年にわたって行われてきたことは間違いなく、そうでなければニューヨークほど大きな経済圏にある主催者の金庫がカラになるという状況は、説明がつかぬものだ。

 06年11月には、3千億ドルという負債を抱え、日本の民事再生法にあたるチャプター11の適用を申請。事実上の倒産状態に陥っている。その後、組織変更があり、政府の援助を受けつつ、なんとか競馬開催を司り、08年9月には一旦破産状態から脱け出たものの、抜本的改革にはほど遠く、再び「このままではあと半年で資金が枯渇し、賞金が出せなくなる」との非常事態宣言が出されたのが、昨年暮れのことだった。

 ここ数年、NYRAが収入増の切り札と目論んできたのが、アケダクト競馬場のカジノ化だった。アメリカでは今、競馬場にカジノを併設して現金収入の増加を図ることが各地で行なわれており、ニューヨーク州でそれをやるとしたら、立地条件の良いアケダクトが最も相応しいのである。07年12月に州政府とNYRAの間で合意した再建策の中でも、アクダクトに4500台のスロットマシーンを設置し、これを1年を通じて稼動させる計画が盛り込まれていた。

 ところが、カジノの運営を委託する業者をどこにするかが、遅々として決まらなかったのだ。決定を下すべきは州政府なのだが、名乗り出た6社の経営計画を精査するのに手間取り、時間だけが無為に経過したのである。

 昨年12月の非常事態宣言を受け、パターソン知事が率いる州政府がようやく重い腰を上げ、運営業者が決まったのが今年1月29日だったのだが、その後、政府内で業者の選定に深く関わった上院議員と、運営業者に選ばれたAEG社に参画する不動産業者の間に、ビジネスパートナーであった過去が発覚。政治力を用いた利益誘導ではないかとの批判が出て、事態は政治問題に発展した。

 そうでなくとも、自身の女性問題や側近の暴力行為など、スキャンダルが続いていたパターソン知事は、自身の進退問題に発展することを危惧。カジノ運営に必要なライセンスをAEG社に与えるとした決定を撤回すると発表したのが、3月11日であった。すなわち、アケダクトのカジノ化は白紙に戻ってしまったのである。

 ベルモントパークの観衆が知事にブーイングを浴びせた背後には、そういう事情があったのだ。

 結局のところ、非常事態宣言後、何の対策もとられぬまま、ついに5月20日、NYRAは1400名の従業員に対して、傘下にあるベルモントパーク、アケダクト、サラトガの3競馬場を、6月9日をもって閉鎖する公算が強まったと通告。従業員のレイオフの可能性にも言及した。

 これを受け、管理馬を隣のニュージャージー州にあるモンマスパーク競馬場に移しはじめる調教師も出てくるなど、事態は益々切迫したのである。

 事ここに至ってようやく、パターソン知事率いる州政府は、公的資金の投入を決断。アケダクトのカジノ化に備えてプールしていた2億5千万ドルのうち2500万ドルを、当面の開催運営に必要な資金として用立てることを決めたのが、5月24日であった。

 これで当面の危機を乗り切ることが出来たNYRAだが、乗り越えたのはあくまでも「当面」の危機のみ。州政府は再度、アケダクトにおけるカジノ運営業者の選定に取り組んでいるが、候補となる業者が決まるのが8月3日で、その後、州政府の承認が求めるというプロセスを辿る。スムーズに業者が承認されたとして、カジノの建設がスタートするのはその後で、実際に稼働するのは早くても来年以降になるのだ。果たしてそれまで資金が持つのか、NYRAの綱渡りが当分続くことは確実なのである。

 ベルモントS当日、2時間半にわたって生中継したESPNの番組は、古き良き時代のニューヨークを懐かしむ構成で、セピア色のフィルム映像満載であった。こんなに素晴らしいニューヨークの競馬をなくしてはいけないというメッセージは、間違いなく視聴者に届いたことであろう。

 だが、このメッセージを真摯に受け止めなくてはならないのは、ファンではなく州政府である。抜本的な対策が迅速にとられることを、切に望みたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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