ヨーロッパで秘かにブームな種牡馬

2010年07月06日(火) 23:00 2

 今、ヨーロッパで秘かにブームとなっている種牡馬がいる。

 秘かに、と言うからには、6世代目の産駒から日英ダービー馬が出てブレークしたキングズベストや、初年度産駒から7頭もの重賞勝ち馬を出しているドバウィーらの話ではない。

 アイルランドのイズランモア・スタッドで供用され、今年の3歳が初年度産駒という、ビッグバッドボブ(父ボブバック)という若手種牡馬がいる。

 その名前を聞いて、「ああ、あの馬」と思いあたる方、よほどの海外競馬通である。

 クリスティーナ・パティーノさんという、小規模ながらも既に20年以上に渡って競走馬の生産と所有を楽しんでいる女性による自家生産馬が、00年生まれのビッグバッドボブだ。現役時代はジョン・ダンロップが管理し、22戦を消化して8勝。勝ち星の中には、ドイツのバーデンバーデン競馬場に遠征して獲た、距離2000mのG3フルステンベルグ・レンネンが含まれている。

 小規模のオーナーブリーダーとしては、まず申し分のない成績を残してくれた功労馬で、これに報いろうと考えたのであろう。パティーノ女史さんはビッグバッドボブを、自らが営むイズランモア・スタッドで種牡馬として供用することにした。もっとも、最良の成績がG3勝ちで、G1には出走経験もなく、血統的にも、父はイタリアのG1を1つ勝っているだけで、母は未勝利馬と、残念ながら商業ベースに乗る種牡馬ではなかった。07年、ビッグバッドボブの初年度産駒が15頭誕生したのだが、そのうち14頭が、パティーノさん自身が所有する繁殖牝馬の産んだ子であった。つまりは、馬を愛する資産家が、趣味の範囲内で種牡馬にしたのが、ビッグバッドボブだったのである。

 ところが、その初年度産駒が競走年齢を迎えた09年、想定外のことが起きた。15頭のうち9頭がデビューにこぎ着け、このうち4頭が勝ち上がり、なんと2頭は2勝を挙げるという成績を残したのだ。そして、10年になって3歳シーズンを迎えると、産駒の勢いは更に加速。3歳になってデビューした1頭を加えた10頭の産駒のうち、実に8頭が勝ち星を挙げるという、驚異の勝ち上がり率をマークしているのである。

 しかもこのうち、2月にドバイのメイダンで行なわれた準重賞UAE1000ギニーで3着となり、同期の出世頭となっていたバーグバーン(牝3)が、6月30日にフェアリーハウス競馬場で行なわれたG3ブラウンズタウンS(7F)に優勝。遂に、父にとって重賞勝ち馬第1号となったのだ。

 「ブームになっている」と言うからには、ビッグバッドボブ産駒の活躍は、これだけにとどまらない。

 この時季になれば、既に第2世代となる08年生まれの子供たちがデビューをしているのだが、そのうちの1頭であるモーメントオブウィークネス(セン2)が、デビューからポンポンと2連勝を飾った後、6月13日にコーク競馬場で行なわれた準重賞のロチェスタウンS(6F)で、2着に好走したのであった。

 これだけ産駒が走れば、欧州馬産界の大手が黙っているわけがなく、早速にビッグバッドボブの争奪戦が始まった。なにしろ、はっきり言って中級以下の繁殖にしか付けていないのに、子供が走るのだ、しかも、トップラインのロベルトからヘイルトゥリーズンという系統は、後継種牡馬が少なく希少価値となっているサイヤーラインなのだ。

 ところが、所有者のパティーノ女史。相当高額なオファーにも、首を縦に振らないそうだ。お金に目がくらんでいるわけでなく、自分の牧場で育み、成功した愛おしい馬を、手放したくないというのが、オファーを拒んでいる理由だという。

 更に言えば、クリスティーナ・パティーノ女史は、今年の英オークス勝ち馬スノウフェアリー(牝3、父インティカブ)や、G3クレイヴンSの勝ち馬でG1・2000ギニーでも5着に健闘したイルーシヴピンパーネル(牡3、父イルーシヴクオリティ)の、生産者であり馬主でもあるのだ。ここへ来て、馬産家として当たりに当たっているのがパティーノ女史で、まさに騎虎の勢いにある彼女を説得するのは、容易なことではなさそうである。

 ビッグバッドボブ産駒の今後の活躍に注目したい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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