2010年08月31日(火) 10:00
先週末も欧米各地で興味深い競馬がたくさん行われたが、そんな中からこのコラムでは、アメリカのダートG1で敗れたトップホース2頭に言及したい。
3つのG1を含めて5つの重賞が行われるという、豪華なカードが編成されたのが、8月28日(土曜日)のサラトガだ。中でもメインレースは、真夏のダービーの異名をとる百万ドルレース・G1トラヴァーズS(10F)だった。
ケンタッキーダービーとプリークネスSの1・2着馬4頭が全て顔を揃えるという豪華な顔触れで争われた、モンマスパークのG1ハスケル招待から4週間。ハスケルの勝ち馬ルッキンアットラッキー(牡3、父スマートストライク)こそ、前走後の熱発で回避したものの、残る3頭は予定通りトラヴァーズに参戦。ハスケルで2着に突っ込んだ上がり馬のトラップショット(牡3、父タピット)、更には、7月31日にサラトガで行われた前哨戦G2ジムダンディSの上位5頭が全て駒を進めて来るという、多彩で層の厚い顔触れとなった。
ゴール前は、ジムダンディ3着馬アフリートイクスプレス(牡3、父アフリートアレックス)と、そのジムダンディでは5着に敗れたベルモント2着馬フライダウン(牡3、父マインシャフト)の一騎打ちとなり、ハナ差よりももっとわずかな差で、アフリートイクスプレスが優勝。春の3冠に出走経験のない馬によるトラヴァーズS優勝は、88年のコロナドズクエスト以来のことだった。
一方、白熱の首位争いの遥か後方、勝ち馬から24馬身以上離され10着でゴールに辿りついたのが、今年のケンタッキーダービー馬スーパーセイヴァー(牡3、父マリアズモン)だった。
ケンタッキーダービーを制した後、プリークネスSでは8着に敗れて休養に入ったスーパーセイヴァー。2か月半ぶりの出走となったハスケルでも4着と敗れたものの、勝ち馬ルッキンアットラッキーから4.3/4馬身差と大きく負けてはおらず、鞍上のカルヴァン・ボレロもレース後「このひと叩きで変わって来るはず」と、笑顔を見せていたのだが…。
スーパーセイヴァーの道中のポジションは、先頭まで6馬身程度の8番手。勝ったアフリートイクスプレスを目の前に見る形だったから、悪い位置取りではなかった。ところが、あと600mの辺りで手応えが怪しくなり、鞍上のボレロによると「タンクがからっぽ」の状態になったという。
ケンタッキーダービーが道悪だったため、雨馬場専用馬のように捉えられがちなスーパーセイヴァーだが、2歳11月にチャーチルダウンズのG2ジョッキークラブSを5馬身差で圧勝した時の馬場はFastだったし、2着となってダービー出走権を掴んだG1アーカンソーダービーも馬場はFastだったから、雨馬場でしか走れない馬では決してないのだ。
レース後、軽い外傷は見られたものの、大きな故障は見つからなかったスーパーセイヴァー。このままではトラヴァーズ大敗の説明がつかないとして、ケンタッキーのルード&リドル診療所に運ばれ、精密検査を受けることになった。大きな故障ではないことを祈りたいと思う。
翌29日(日曜日)に同じサラトガで行われたのが、牝馬のG1パーソナルエンスンS(ダート10F)だ。ここで単勝1.45倍の圧倒的1番人気に推されていたのが、昨年の全米年度代表馬レイチェルアレグザンドラ(牝4、父メダグリアドロー)だった。
昨シーズンの成績、8戦8勝。同世代の牝馬相手では、ケンタッキーオークスが20.1/4馬身差、マザーグースSが19.1/4馬身差と全く競馬にならず、牡馬と戦ってプリークネスSに勝ち、夏のハスケルで6馬身差の圧勝。最終戦となったウッドウォードSでは遂に古馬の牡馬も破るという、手のつけられない強さだった。
9月初旬に早々と3歳シーズンを終了したのは、BCの舞台が馬主ジェス・ジャクソン氏の忌み嫌うオールウェザーが舞台だったこともあるが、一方で、4歳も現役に留まることが決まっていたため「今季に備える」という意味もあったはずだ。ところが今季のレイチェルは、滑り出しからいきなり2連敗。それも出走したのは特別戦とG2戦で、従って相手は弱く、いずれも彼女以外にはG1馬がいないというメンバーと戦って取りこぼしたのである。
ようやくエンジンがかかったのが、今季3戦目となったチャーチルダウンズのG2フルールデリSで、先行して直線で後続を引き離すという本来の競馬を見せて、10.1/2馬身差の快勝。更に次走、モンマスパークの特別レディーズシークレットSも勝ち、レイチェル・ファンをひと安心させたのだった。
とはいえ、フルールデリHも相手にはG1馬がおらず、レディーズシークレットSに至っては彼女以外に重賞勝ち馬もいないという顔触れで、つまりは今季の彼女は弱い相手としか戦っていないという状況は変わっておらず、そのレイチェルが今季5戦目にしてようやくG1に出て来たという点で、おおいに注目されたのがパーソナルエンスンSだった。
レイチェルに不安があるとすれば、10Fの距離が初めて(9.5FのプリークネスSが、これまで走った最長距離)という点だったが、昨年の強さが戻ったのであれば問題なしと見たファンが多かったことは、前述したオッズが如実に物語っている。
抜群のスタートからハナを切ったレイチェル。ライフアットテンに終始つつかれる展開となったが、半マイル通過が47秒73、6F通過が1分12秒02というフラクションは、多少速めかといった程度で、逃げ馬として無謀なペースではなかった。
馬群は4コーナーを廻って直線へ。このままレイチェルの楽勝かと思われたところ、あと1F標識の少し手前あたりから、レイチェルが急激に失速。代わって脚を伸ばしたのが、道中4番手から、3〜4コーナーの捲りで直線入り口では先行した2頭の直後に付けていた4番人気にパーシステントリー(牝4、父スモークグラッケン)で、残り100m地点でレイチェルを逆転。ゴール地点では逆に1馬身の差をつける番狂わせを演じたのである。フラクションを見ると、最後の2Fに要した時計は26秒95。公式記録ではないが、レイチェル自身の終まい1Fは14秒と、完全に“歩いて”しまったのである。
パーシステントリーは、フィップス家のオーナーブリーディングホースで、管理するのはシャグ・マゲイヒイ。すなわち、レース名に冠された13戦無敗の名馬パーソナルエンスンを送り出したチームが、ゆかりのレースを制したのだ。「レイチェルさん、あなた、パーソナルエンスンの域には達していないわよ」と言わんばかりに?!
レイチェル陣営の落胆は、当然のごとく大きい。これで、BCクラシック出走の目はなくなったと言われるレイチェル。レース後、管理するスティーヴ・アスムッセン調教師に記者団から『今後もレイチェルは走りますか』との問いが飛んだが、「それを決めるのは馬主さん」と答えるにとどまった。ひょっとすると近いうち、重要な発表があるかもしれないという、そんな雰囲気すら漂うレイチェル陣営だった。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。