2010年09月07日(火) 00:00
今週日曜日(9月12日)、フランスでは凱旋門賞と同コース・同距離の重賞が3レース行なわれる。いずれも凱旋門賞を占う重要な指針となろうが、ここでは日本馬が出走を予定する2レースについて触れたいと思う。
凱旋門賞では過去10年で8頭の3歳牡馬が連対しているが、このうち6頭が前哨戦として使っているのがニエユ賞(G2、2400m)である。しかもこのうち5頭はニエユ賞を勝って本番に臨んでいるから、逆に言えば、ここを勝てば凱旋門賞制覇に大きく近づくレースとも言えよう。
8月25日に締め切られた一次登録では27頭がエントリーしているが、過去10年のニエユ賞の平均出走頭数は6頭で、今年もその程度の頭数に落ち着くものと思われる。
02年などは出走頭数がわずか3頭で、そこに逃げ馬が居なかったものだから、1400m通過が2分11秒という、超々々々々…と「超」の字が100個付くようなスローペースになり、2400m戦の勝ち時計が3分12秒8という、後から記録をひもとくと誤植ではないかと見紛うような決着になったこともあった。
凱旋門賞前売り上位人気馬では、各社6倍から7倍のオッズを掲げて2番人気に推しているベーカバッド(牡3、父ケイプクロス)、各社9倍から11倍のオッズで5番人気に推しているプラントゥール(牡3、父デインヒルダンサー)という、地元フランスの期待馬2頭がニエユ賞に出走予定だ。
08年のザルカヴァ以来2年振り5度目の凱旋門賞優勝を狙うアガ・カーン4世によるオーナー・ブリーディング・ホースが、ベーカバッドである。母ベーカラは3000mのG2ユベールドシェデネイ賞の勝ち馬で、3100mのG1ロワイヤルオーク賞でも2着になっている、スタミナ自慢の女丈夫だった。祖母ベヘーラはG1サンタラリ賞勝ち馬で、キャロルハウスが勝った89年の凱旋門賞2着馬だから、まずは申し分のない血統背景の持ち主と言えよう。2歳時は、出世レースと言われるロンシャンのG3シェーネ賞を含めて3戦3勝。3歳初戦のLRオムニウム2世賞で初黒星を喫したが、続くシャンティのG3ギシェ賞を制して仏ダービーに駒を進め、ロペドヴェガから4馬身遅れの4着となっている。
得意の道悪にも関わらず追い込みきれなかったのは、2100mが短すぎたせいで、それが証明されたのが次走、革命記念日の7月14日に行なわれた距離2400mのG1パリ大賞典だった。仏ダービーの距離が2100mに短縮された05年以降、フランスにおける実質的なダービーとなっているレースである。ここも道悪になった中、ペースメーカーの直後につけ、早めに先頭に立って粘り込むという、いかにもスタミナ自慢らしいレース振りで、G1初制覇を飾った。
仏ダービー2着馬プラントゥール、英ダービー4着・愛ダービー3着のヤンフェルメールらを封じ込めたレース振りには、一定の評価を与えるべきであろうが、今年のパリ大賞典には英国からの遠征馬が1頭もおらず、それほど水準の高い争いではなかった。凱旋門賞で勝負になる馬かどうか、ニエユ賞が試金石になるはずだ。
ベーカバッドが勝ったパリ大賞典で、1番人気に推されていながら、ベーカバッドに3/4馬身差及ばず2着に敗れたのが、プラントゥールである。
ヴィルデンシュタイン家のオーナー・ブリーディング・ホースであるプラントゥールは、おじに、04年のフォワ賞をはじめ重賞に4勝した他、ゼンノロブロイの勝った04年のジャパンCで4着に健闘した実績のあるポリシーメイカーがいて、近親に凱旋門賞馬パントルセレブルがいるという血統背景を持っている。
2歳時の戦績3戦2勝。3歳初戦のG2ノアイユ賞が重賞初挑戦で、後の英ダービー3着馬リワイルディングを2着に退け重賞初制覇。2番人気に推された仏ダービーが、ロペドヴェガの軍門に下って2着。そしてパリ大賞典も2着という成績は、安定性という点でベーカバッドの上を行くものである。ニエユ賞当日の馬場が極端な道悪でなければ、馬券の軸としてはベーカバッドよりも遥かに信頼出来る存在と言えよう。
いずれにしても、2400m路線におけるフランス3歳世代の2トップがベーカバッドとプラントゥールの両頭で、この両馬をヴィクトワールピサが撃破すれば、一躍有力候補として凱旋門賞を迎えることになるはずだ。
一方、ナカヤマフェスタが出走するのが、古馬のための前哨戦であるフォワ賞(G2、2400m)である。過去10年の凱旋門賞を振り返ると、8頭の古牡馬が連対を果たしているが(この数、3歳牡馬の連対数と全く同じ。凱旋門賞は3歳勢絶対優位に見られがちだが、実際はそうでもない)、この中に、前走がフォワ賞という馬は1頭もいない。
実は、06年の凱旋門賞でレイルリンクの2着となった牝馬のプライドが前走フォワ賞だったので、連対例がないわけではないのだが、凱旋門賞で好走した牡馬の古馬の前走は、バーデン大賞や愛チャンピオンSが多いのである。
ただし、フォワ賞を使って凱旋門賞で連対した古牡馬の最も新しい例が、ナカヤマフェスタにとって厩舎の偉大なる大先輩にあたるエルコンドルパサー(99年にフォワ賞1着・凱旋門賞2着)で、そういう意味では、それほどネガティヴに考える必要はないデータかもしれない。
8月25日に締め切られた第一次登録で29頭のエントリーがあったが、過去10年の平均出走頭数はニエユ賞よりも更に少ない4.9頭で、ここも少頭数になると見て良さそうだ。
中心は、ブックメーカー各社が4倍から4.5倍のオッズを掲げて凱旋門賞前売り1番人気に支持しているフェイムアンドグローリー(牡4、父モンジュー)になろう。当初は9月4日にレパーズタウンで行なわれた10FのG1愛チャンピオンSを予定していたのだが、馬場が固くなりそうとの見込みから回避し、こちらに廻って来たものだ。
3歳時の昨年は、愛ダービーに優勝。英ダービーと愛チャンピオンSがシーザスターズの2着だから、史上最強の呼び声すら掛かった怪物が居なければ、この馬が歴史的評価を受けていた可能性もあった。ただし、異次元の怪物との戦いに疲弊したかのように、シーズン終盤は凱旋門賞6着、英チャンピオンS・6着と失速。結局のところ3歳時の評価は「普通の一流馬」に留まった。
4歳を迎えた今季、初戦のLRアレッジドSこそ3着に敗れたものの、以後は4連勝。中でも、ハイペースにも関わらず早めに自力勝負に出て、他馬を力でねじ伏せたエプソムのG1コロネーションCは内容の濃い勝利で、古馬になっての進境をうかがわせるものであった。
ただし、この4連勝はいずれも相手に恵まれた感は否めない。4勝のうち2勝はG2とG3。残り2勝はG1だが、カラのG1タタソールズGCの2着馬は、ここまでG3勝ちの実績しかなかったリチャージで、3着が牝馬のチャイニーズホワイト。そしてコロネーションCも、2、3着はいずれも牝馬だった。シーズン末に息切れした前年を教訓にして、相手の軽いレースを選んでいるとしたら、したたかなりしエイダン・オブライエンである。
そういう意味では、ここもあくまでもトライアル的な走りをするであろうフェイムアンドグローリーに対して、かなり本気モードで臨んできそうなのがバイワード(牡4、父パントルセレブル)である。
カリッド・アブドゥーラ殿下のオーナー・ブリーディング・ホースで、姉に、昨年秋にフランスからアメリカに移籍し、目下芝のG1・3連勝中のプロヴァイゾー(牝5、父ダンシリ)がいるという血統背景を持つ馬だ。
デビューが3歳の6月と遅れ、3歳時は重賞入着までの実績しか築けなかったが、4歳の今季を迎えて、素質が開花。メゾンラフィットのLRジャックラフィット賞、サンクルーのG2ミュジェ賞と連勝した後、ロンシャンのG1イスパーン賞に出走。2着と敗れたものの、トラックレコードで快勝して通算8個目のG1を獲得した女傑ゴールディコーヴァに半馬身差に詰め寄ったこのレースで、一気にバイワードの名が高まることになった。
続いて出走したロイヤルアスコットのG1プリンスオヴウェールズSで、待望のG1制覇を達成。その後再度英国に遠征して出走したG1インターナショナルSは、リップヴァンウィンクルに1馬身ちょっと遅れた3着だった。
すなわち、ここまではマイルから10Fの路線を歩んできたのがバイワードで、フォワ賞は未知の距離への挑戦となるのである。路線転向の要因は詳らかにされていないが、カリッド・アブゥーラ殿下にはトゥワイスオーヴァーという10F路線のスペシャリストがいることから、使い分けをしたいという目論見が馬主サイドにあるのかもしれない。
管理するのは、凱旋門賞7勝という最多勝調教師アンドレ・ファーブルだけに、距離がもつことが証明されれば、本番でも俄然、有力視されることになるだろう。
ニエユ賞におけるヴィクトワールピサ同様、フェイムアンドグローリーやバイワードを破ってナカヤマフェスタが勝利を収めれば、本番で人気を背負うことになるだろう。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。