凱旋門賞前哨戦を振り返る

2010年09月21日(火) 22:50

 今回のコラムでは、凱旋門賞に出走を予定する日本調教馬以外の主立つ顔触れを、改めて整理してみたいと思う。

 凱旋門賞まで2週間を切ってなお、戦線の行方を占う上で看過しがたい不確定要素が2点存在する。それがいずれも、状況が違っていれば欧州芝2400m戦線の総決算において確たる本命馬となっておかしくはない実力馬を巡るものだけに、ファンにとっては悩ましい事態なのだ。

 その1頭は、前回のこのコラムでも触れた、古馬のフェイムアンドグローリー(牡4、父モンジュー)である。

 6月にエプソムで行われたG1コロネーションCで自身4度目のG1制覇を果たした同馬。ハイペースにもかかわらず早めに自力で動き、後続を力でねじ伏せるというレース振りは実に印象的で、能力の高さに改めて実証することになった。シーズン終盤に息切れをして昨年の反省からか、コロネーションC後は早めの夏休みをとり、2か月の充電期間を経て8月8日にカラで行われたG2ロイヤルホイップSで復帰。弱敵相手に楽勝し、一方でキングジョージ圧勝のハービンジャーが故障で引退したことから、この段階では凱旋門賞前売りで頭1つ抜け出た1番人気に支持されることになった。この後は、9月4日にレパーズタウンで行われるG1愛チャンピオンSを使われて凱旋門賞へ、というのが陣営から発表されていた青写真で、8月末辺りまでは本番へ向けて1点の曇りもない状況だったのである。

 ところが、愛チャンピオンSを馬場が固くなりそうとの理由で回避。この段階で陣営は、凱旋門賞前のひと叩きとして9月12日にロンシャンで行われるG2フォワ賞に出走すると表明した。実際は、週後半になってレパーズタウン周辺にはそこそこの雨があり、GOODという適度に湿り気のある馬場となったから、愛チャンピオンS出走でもよかったのだが、この段階におけるフェイムアンドグローリーを巡る情勢は、さほど違和感に包まれたものではなかった。

 これが、一転俄かにかき曇ったのが、9月8日だった、なんと、陣営はフォワ賞も回避することを表明。凱旋門賞に直行することを決めたのである。管理するエイダン・オブライエン師からは、「ちょっとした予定の変更。馬は順調」とのコメントが出されたが、いかにも眉に唾を塗りたくなる状況で、ブックメーカーも混乱。一両日の間だったが、各社のオッズが乱高下する事態となった。

 現時点では出走予定に変更はなく、各社のオッズも5倍から5.5倍あたりの2番人気で落ち着いている。ただし、オブライエン師の言葉通り「ちょっとした予定の変更」で「馬は順調」だとしても、前走からほぼ2か月開いた状態で本番を迎えるという臨戦態勢は、盤石とはいいがたい。ファンとしては、取捨に迷うところだ。

 もう1頭の不確定要素は、3歳馬のワークフォース(牡3、父キングズベスト)である。

 6月にエプソムで行われたG1ダービーを快勝。2着に付けた7馬身という着差は、81年にシャーガーが記録した10馬身、25年にマンナが記録した8馬身に次いで、79年のトロイと85年のスリップアンカーと並ぶダービー史上3番目。勝ち時計の2分31秒33は、ラムタラが持っていた記録を15年振りに1秒近く更新するトラックレコードという、驚異の大パフォーマンスであった。わずかデビュー3戦目にしてこれだけのレースをしてのけたワークフォースに、周囲からは、前年のシーザスターズに次ぐ歴史的名馬の誕生かとの声も挙がったのである。

 だがその一方で、メンバー的には「やや手薄」と見られていたのが今年のダービーで、しかも2着にはラビット役として出走したアットファーストサイトが入っており、強いダービー馬であることは間違いないにしても、名馬として遇するには「もう1戦、見てみたい」との声もあったことは確かだった。

 その「もう1戦」となったのがアスコットのG1キングジョージで、世紀の大パフォーマンスを見せたハービンジャーに歯が立たなかったことはともかくとして、2着馬ケイプブランコからも6馬身離れた5着というのは、前走とのギャップが余りにも激しい体たらくであった。

 レース後、懸念された故障も発見されず、すなわち、キングジョージにおける凡走の確たる理由は判らずじまいで、その後ワークフォースは休養に入り、一度も競馬を使われていないから、いったいこの馬が本物なのかどうか、ファンは疑心暗鬼のまま今日に至っているのである。

 ダービーにおける大激走の疲れが残っていた、というのが、キングジョージ大敗後に言われた唯一のロジカルな理由で、目標を定めずに立て直しが図られたワークフォース。本格的な調教を再開したのは8月下旬で、9月4日には鞍上に主戦のライアン・ムーアを迎えて、休養後初めてとなる8Fの追い切りを敢行。1週間後の9月11日にもムーアとのコンビで長めを追われ、調整は急ピッチで進みつつある。

 これを受け、陣営からはいまだに正式な凱旋門賞出走表明が無いにもかかわらず、ブックメーカー各社は一斉にワークフォースのオッズを下げはじめ、オッズ6倍から7倍で3番人気というところまで買い進まれている。

 近年では08年の凱旋門賞で2着になった時のユムゼインが、7月末のキングジョージから直行だったから、ありえないローテーションではないのだが、ファンとしては全幅の信頼がおける有力馬とはとても言えない状況なのである。

 目下、ブックメーカー各社から前売り1番人気に支持されているのが、3歳馬のベーカバッド(牡3、父ケイプクロス)だ。

 過去10年の凱旋門賞馬のうち、半数の5頭が前哨戦としていたG2ニエユ賞の今年の勝ち馬である。同馬は7月にも、ロンシャンの2400mコースを舞台としたG1パリ大賞を制しており、実績は充分。パリ大賞の時には、逃げ馬を好位でマークして抜け出すという展開の利があったが、ニエユ賞の時には、ライバルであるプラントゥールの方が逃げ馬を大名マークし、展開的には有利な流れだっただけに、僅差とは言えこれを差し切ったレース振りには、ひと夏越しての成長が垣間見られた。

 2年に1度は雨が降って道悪になる凱旋門賞だが、パリ大賞当日のロンシャンは泥んこの重馬場で、これをこなしているベーカバッドは信頼性の高い軸馬と見ることが出来そうである。

 ただし、ブックメーカー各社が掲げているオッズは、3.5倍から4.5倍と、実績の割にはやや高めだ。前哨戦が終わった段階では各社2倍から2・5倍だった昨年のシーザスターズと比べるのは酷かもしれないが、その前年の1番人気馬ザルカヴァもこの段階では既に2.5倍から3倍だったから、マーケットの評価としては低い部類の本命馬と言えそうである。

 そのベーカバッドに、パリ大賞、ニエユ賞と2戦続けて惜敗したプラントゥール(牡3、父デインヒルダンサー)が、各社6倍から8倍のオッズで4番手評価だ。

 ニエユ賞ではベーカバッドと1番人気の座を分け合ったように、前哨戦を迎えた段階での両馬の評価はほぼ互角。本番の凱旋門賞も含めて、馬券の軸と言う意味では、粗削りなところがあるベーカバッドよりも、連対率100%のプラントゥールの方が信頼できるのではないか、というのが一般的な見方であった。

 実際にニエユ賞ではベーカバッドの頭差2着に入り、馬券の軸としての役割はしっかりと果たしたわけだが、同時に、現状における能力の限界もある程度露呈した感がある。抜けた馬が居ないだけに、この馬の安定味は魅力だが、芝2400mのチャンピオンシップを勝ち切るには、ワンパンチ足りない印象を拭えないのがプラントゥールと言えそうだ。

 主要ブックメーカーが7倍から9倍のオッズを掲げて5番手評価としているのが、ケイプブランコ(牡3、父ガリレオ)だ。

 愛ダービー、愛チャンピオンSとG1に2勝。ここまで8戦し、道悪にはまった仏ダービーと、ハービンジャーに敗れたキングジョージ以外の6戦において勝利を収めていると言う、能力が高くて安定性もある馬である。

 愛チャンピオンSの後、管理するエイダン・オブライエン師が「ハイペースの10F戦が、この馬にとってはベストの舞台」とコメント。スタミナに関する危惧を隠さなかったことから、実績に比して高めのオッズとなっているが、逆に言えば、この馬の能力が活かされる馬場や展開になれば、一気に突き抜ける可能性を持った馬だと思う。

 デビューから無敗の3連勝で仏オークスを制した際には「第2のサルカヴァか」との声も飛んだが、9月12日にロンシャンで行われたG1ヴェルメイユ賞で3着に敗れて初黒星を喫し、ブックメーカー各社の評価も9倍から15倍で6番人気という辺りまで下落したのがサラフィナ(牝3、父リフューズトゥベンド)である。

 ヴェルメイユ賞を制したのは、ここが5度目のG1制覇となった古馬の女王ミッデイ(牝4、父オアシスドリーム)で、2着も6月のG1サンクルー大賞で牡馬を撃破したプルマニア(牝4、父アナバー)だったから、致し方のない敗戦だったとも言えるし、勝ち馬から1.1/4馬身差、2着馬から半馬身差と大きくは負けておらず、巻き返しは充分に可能な内容であったと思う。

 ただし、仏オークスの後に管理調教師アラン・ド・ロワイユデュプレ師が「ひょっとすると2400mは長すぎるかもしれない」とコメントしていたように、チャンピオン・ディスタンスで力勝負になると、古馬や牡馬に引けを取る懸念はありそうだ。

 いずれにしても、近年にない混戦模様の凱旋門賞となっている。

合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

新着コラム

コラムを探す