2010年11月16日(火) 12:00
11月に入ると、北半球のブラッドストック・マーケットは、ブリーディングストック・セールの季節に突入する。当歳馬や1歳馬も取り混ぜたミックスセールとして行われる市場が多いが、ブリーディングストック・セールの主役は牝馬たちである。
11月5日と6日にブリーダーズCが開催されたアメリカのケンタッキー州では、まず7日午後4時から、ファシグティプトン社主催のノヴェンバーセールが行われた。カタログ記載は186頭、このうち実際に上場されたのは133頭と、数的には大きなマーケットではないのだが、その中身は凄いものだった。最高価格は上場番号10番の2歳牝馬オウサムフェザー。なんと、セール2日前にチャーチルダウンズで走って、デビューから無敗の6連勝でG1BCジュヴェナイルフィリーズを制したばかりの馬である。購買したのは大手馬主のフランク・ストロナーク氏で、価格は230万ドルだった。当面は現役で使うことが目的だが、アデナ・スプリングスという生産組織を持つストロナーク氏としては、将来繁殖牝馬として繋養する際の価値も見込んでの投資であったことは間違いない。なお購買後にストロナーク氏は、オウサムフェザーを現在のスタンレイ・ゴールド厩舎から、フロリダのパームメドウズに本拠地を置くチャド・ブラウン厩舎に移すことを発表した。
日本人による購買は、総額491万ドルで5頭。前年が727万ドルで10頭だったから、投資のスケールとしては3割以上の減額となったが、逆に1頭の平均価格は100万ドルに近いという、精鋭軍団となっている。
例えば、市場3番目の高値となる185万ドルで購買された4歳の牝馬シリアスアティテュードが、日本人による購買馬だ。セール3週間前の10月16日にカナダのウッドバインで行われたG1ニアークティックSを制して、自身2度目のG1制覇を果たしたばかりの馬である。まだ現役としても走れる馬ではあるが、このまま引退して日本で繁殖入りの予定ときく。
購買価格125万ドルの4歳牝馬ギャビーズゴールデンギャルも日本にやってくる。この馬も、3歳時に制したニューヨーク3歳牝馬3冠の1つエイコーンSを含めて、G1.2勝という強豪だ。
そして、購買価格110万ドルの5歳牝馬ドバイマジェスティーも、日本行きの便に載る。彼女もまた、セール2日前にチャーチルダウンズで行われたG1BCフィリー&メアスプリントを制したばかりの馬だ。
11月8日からスタートし、20日までの予定で現在も進行中のキーンランド社主催のノヴェンバーセールでも、日本人購買者は活発な購買を見せた。前年が総額752万で23頭だったのが、今年はブック3終了時で既に総額868万ドルで37頭を購入しており、スケールという点でも前年を上回っている。
そして、こちらの中身も豪華だ。
筆頭は、セール2番目の高値となる185万ドルで購買された、8歳の牝馬ラッキーワンだ。今年4月のケンタッキーオークスを含めて5つのG1を制し、セール4日前のBCレディーズクラシックにも本命馬として出走して惜しくも2着だった、ブラインドラックの母である。そのブラインドラックの父がポラーズヴィジョンで、ラッキーワンが現在受胎しているのもポラーズヴィジョンだから、来年春に日本で、ブラインドラックの全弟か全妹が生まれるのである。
更には、8月28日にサラトガで行われたG1バレリーナSを4馬身差で制したライトリーソーの母フィットライトイン(牝8)も、日本にやってくる。105万ドルで購買された彼女は現在、スマートストライクを受胎中だ。
日本で繁殖入りする馬のラインナップの、なんと豪華なことだろうか!!。
さてこの2つの市場だが、市況を記すと、ファシグティプトンの総売り上げは前年比3.1%ダウンの2799万ドル、平均価格が12.9%ダウンの31万4567ドル、中間価格が前年比23.5%ダウンの13万ドル、前年27.9%だったバイバックレートが今年は33.1%。キーンランドのブック3終了時の総売り上げが前年比8.5%ダウンの1億2750万ドル、平均価格が前年比15.1%ダウンの9万2061ドル、中間価格が前年比18.2%ダウンの4万51000mドル、前年20.6%だったバイバックレートが今年は21.4%と、いずれも弱含みで推移している。
昨今の一般景気を鑑みれば、想定の範囲内の市況ではあるが、内容的には、今年9月頃まで各国の1歳馬セールで見られたものと、若干異なる構造となっている。今年9月までの市場は、高い方の価格帯で需要が薄く、一方で、中間以下の価格帯で手堅い買い支えがあったため、平均価格は下がっても中間価格はさほど下がらないという市場が展開されていた。
ところがここでご紹介した2市場は、いずれも中間価格の下落が平均価格の下落よりも大きいのである。
実はこれ、10月上旬に英国のニューマーケットで行われたタタソールズ・オクトーバーセール・ブックでも見られた傾向だった。タタソールズ・オクトーバーは1歳馬市場だが、高額馬上位4頭がすべて牝馬と、牝馬に引っ張られたマーケットだった。そして、これらの牝馬を購買したのは、大手のオーナーブリーダーたったのである。資金力のある大手オーナーブリーダーが、将来の繁殖価値を見込んで上質の牝馬に大きな投資を行ったことで、オクトーバーセールは上の価格帯が引っ張られ、平均価格の下落が中間価格の下落を下回ったのであった。
つまり、牝馬セールのトップエンドのマーケットにおける主要購買者である大手オーナーブリーダーたちは、現在の経済状況下でも資金力があり、ケンタッキーのブリーディングストック・セールでも上質の牝馬に大きなお金を投じたため、上の価格帯が伸びて平均価格の下落を抑えることになったようだ。一方で、オーナーブリーダーでもマーケットブリーダーでも、中小は一般景気の影響をダイレクトに受けているため、中間価格以下のマーケットにおける需要が薄くなっているものと分析されている。
ブリーディングストック・セールの世界サーキットはこの後、欧州ラウンドに突入するが、どんなマーケットが展開されるか、引き続き注視したいと思っている。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。