2010年12月08日(水) 00:00
オータムセールが終わると生産地はほぼシーズンオフ状態になり、1歳馬の売買は急激に少なくなる。
とはいえ、未売却馬は依然としてかなりいるはずで、生産者はそれらの処遇に頭を悩ませることになる。
11月15日現在の未売却馬リストが掲載された「羈(たづな)」というA4サイズの冊子がある。日高、胆振、十勝の各軽種馬農協が共同で発行しているもので、143頭がここに収録される。牡49頭、牝94頭という内訳だ。牧場数にして73軒である。少ない牧場で1頭、大手になると7〜8頭もの多頭数に及ぶ。
ただし、これはあくまでも「掲載を申し込んだ牧場」の未売却馬リストであり、実際はおそらくこの数倍程度は残っているはずだ。なぜならば、この冊子に掲載されていない未売却馬は私の狭い交友範囲の中にもたくさんいるからだが。
名簿は父馬名別で検索するようになっている。Ghostzapperの牡馬から始まり、アイランドキング、アグネスデジタル、アグネスフライトという順に並ぶ。
父馬名の次に母馬名、性別、毛色と生月日、飼養者、住所と電話番号、末尾に「販売情報」が付記されている。これは「販売希望価格情報」である。★が1つから7つまであり、「★〜199万円」「★★200〜399万円」「★★★400〜599万円」というように★マーク1つについて200万円ずつ価格が増える表示になっている。
★が6つも7つもついている1歳馬は、キングカメハメハやシンボリクリスエスの牡馬などでもちろん例外だ。多くは1つか2つ程度である。
しかし、実は最も多数を占めるのが「問い合わせ」と表記されている馬たちだ。
つまり、「価格は直接電話などで飼養者に問い合わせをして下さい」ということなのである。全体の半数近い馬がこの表記になっている。
果たしてこの冊子がどれほどの効果を生み出しているのかはまったく分からないものの、しかし、市場は来春の2歳トレーニングセールまで開催されないので、何らかの形で情報発信をしなければならない。できることなら一刻でも早く1歳馬を売却してしまいたいと焦る生産者の苦衷が見えてくるようだ。
昨年はオータムセールが終了してから広島県(福山)と石川県(金沢)の両馬主会が生産地を巡歴してそれぞれ1歳馬の団体購買に歩いた。
価格は確か30万円〜70万円程度。コストを考えたらとてもそれでは合わないのだが、それでも予定頭数をはるかに上回る申し込みがあり、購買担当者はその中から1歳馬を選択して調整するほどの余裕であった。
しかし、今年は今のところ、こうした馬主会単位の“買い付け”の話も聞こえてこない。来年デビュー予定の現1歳馬が十分に確保できていない競馬場は地方に多くあるはずだが、やはり馬主層の懐事情もまた厳しいのであろう。「馬代金そのものよりも、デビューまでの維持費の方が負担になる。認定競走でも勝てたら良いが、数は限られていてなかなか簡単に勝たせてもらえない。新馬を持つメリットがなくなってきている」とは地方のある馬主の弁だ。
もちろんそんなことは生産者も先刻承知だからこそ、たとえコストを大幅に割り込んだ価格であっても、とりあえずは他者へ売却しようとする。自らの所有のままどこかの競馬場でデビューさせるまでの費用負担やリスクを考えると、躊躇せざるを得ないのだ。
いつまでも移動できない複数の1歳馬が牧場に残っていると、これは気鬱である。馬房のみならず放牧地もまた別に確保せざるを得ないし、まして牡牝と性別が分かれていれば一緒に放牧することもままならない。
その一方で今年生まれた当歳馬の離乳も急がれる。精神的にも経済的にも煮詰まってくるのがこの12月である。
そろそろ1年を振り返らなければならない時期だが、さて、「今年は良い年だった」と言い切れる生産者がどれだけいるものか。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。