小野田さんとタケシバオー

2010年12月22日(水) 00:00

 後悔すると先に進む力を失う、これはフィリピンのルバング島から昭和49年3月に30年ぶりに救出された陸軍少尉、小野田寛郎さんの言葉だ。たった一人になっても担った任務を果たすべく戦い続け、終戦を知らずにジャングルでの生活を送った。その強い精神力、責任感、いまの世の中に是非ほしいものではないかと思う。

 冒頭の言葉は、小野田さんの生きる信条のようなもので、話の中で、こうして生きているのだから、やれることをやっていけばいいのだとあくまでも前向きだった。

 この小野田さんに関して、こんなエピソードがある。生存が確認されたとき、政府は様々な呼びかけを行った。ビラを撒いたり、実際にルバング島に上陸して声を掛けたり、そうした救出行動も小野田さんの心を動かすことができず、ある時救援隊は、トランジスタラジオを置いて引き揚げたことがあった。短波放送が聞こえるので、日本の状況を知ってもらうためだ。どんなことにも前向きな小野田さんは、当然、このラジオを手にする。

 そして、日本のニュースも耳にするのだが、その放送の中に競馬中継があって、なんと怪物タケシバオーのレースがあったのだ。帰国したとき小野田さんが、タケシバオーの馬名を知っていたことがニュースになっていた。小野田さんとタケシバオー、当時、短波放送でレースを実況していたので、嬉しい思い出になっている。

 放送の仕事は、様々な人との出会いがあって、貴重な経験を積むことが大きな財産となっている。件の小野田さんの話は、テレビのロングインタビューで語られたもので、放送の役割を改めて認識させられた。レースを伝える立場にあるが、どんな方がどんな状況でこの放送を見たり、聞いたりしているか、こちらから見えない向こう側にも気を配ることがどれほど大切か、伝える側の心構えを改めて思い知ったのだ。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

新着コラム

コラムを探す