トッド・プレッチャー厩舎が移動禁止処置の対象

2011年02月01日(火) 00:00

 昨年のエクリプス賞2歳牡馬チャンピオンで、「イクスペリメンタル・フリーハンデ」でも首位に立ったアンクルモーが、1月30日(日曜日)朝、冬季の本拠地としているフロリダのパームメドウズ・トレーニングセンターで、今季初めてとなる時計を出した。

 内容は、4F=53秒少々、3F=39.80秒という、ごく軽いものだったが、管理するトッド・プレッチャー調教師によれば「予定通り」とのこと。「長く休んだ後の最初の追い切りでしたから、むしろ速くなりすぎることを心配していました。彼が速いことは、もうわかっていますからね。3Fをゆっくりと、というのが、今日のテーマでした。来週は、追う距離を半マイルに伸ばすと思います」と、プレッチャー師はコメントした。

 アンクルモーの今季初戦は、3月12日にタンパベイダウンズ競馬場で行なわれる、ダート8.5FのG2タンパベイダービーが予定されている。

 さて、そのアンクルモーが入ったパームメドウズにあるトッド・プレッチャー厩舎が、1月27日(木曜日)、移動禁止処置の対象となるという緊急事態が発生した。

 事の発端は、前日の1月26日(木曜日)、パームメドウズから車で1時間ほどの距離にある、ガルフストリームパークの厩舎地区で起きた。ジョナサン・シェパ−ド調教師が管理する1頭が不調を訴え、獣医師の診療を仰いだ結果、神経系統の疾病に罹患している疑いがあるとの診断が下ったのである。更に、周囲の状況を勘案すると、原因としてヘルペス・ウィルス・タイプ1の介在が懸念されたことで、関係者の間の緊張が一気に高まることになった。ヘルペスと言えば、第1に呼吸器系疾病の要因となるウィルスで、第2に妊娠した牝馬が感染すると流産の危険が増すことで知られているが、時として、感染すると神経系の疾病と同様の所見を示す馬もいることが知られている。

 いずれにしても、ヘルペス・ウィルスが侵入している可能性があるとなれば一大事で、ガルフストリームパーク競馬場では直ちに、疑いのある馬が出たジョナサン・シェパ−ド師が管理する馬が入った、競馬場付随の第2号厩舎を隔離することを決定。馬の移動が禁じられることになった。

 実はその、ガルフストリームパークの第2号厩舎を、ジョナサン・シェパード調教師と共有していたのが、トッド・プレッチャー調教師だったのだ。

 トッド・プレッチャー厩舎の所属馬たちは、当然のことながら、ガルフストリームパークとパームメドウズの間を頻繁に行き来しており、ヘルペス・ウィルス感染を疑われた馬が出た日から遡ること数日の間にも、ガルフストリームパークの第2号厩舎から複数の馬がパームメドウズのトッド・プレッチャー厩舎に移動をしていた。同様にして、リック・ヴァイオレット調教師が管理する数頭も、直近にガルフストリームパーク第2号厩舎からパームメドウズに移動しており、これらの馬が入厩したパームメドウズの、第0号、11号、12号、38号の4厩舎もまた、移動禁止措置の対象となった。ちなみに、パームメドウズの第38号厩舎をリック・ヴァイオレット師と共有しているのが、ゴドルフィン所有馬の一部をここへ連れて来ていたサイード・ビン・スルール調教師で、ビン・スルール厩舎の一部の管理馬にも禁足令が出されたのである。

 1月27日(木曜日)には、ガルフストリームパークで競馬開催があったのだが、移動禁止措置の対象となった厩舎に滞在していた馬は、当然のことながらレースに出走することは出来ない。この日の競馬にエントリーしていた、トッド・プレッチャー厩舎所属馬3頭、ジョナサン・シェパード厩舎所属馬1頭、スティーヴ・クレサリス厩舎所属馬2頭の合計6頭は、出走を取り消す事態となった。

 もし、病馬が本当にヘルペス・ウィルスに感染していたら、移動禁止は少なくとも3〜4週間に及ぶことを覚悟しなければならない。そうなれば、ケンタッキーダービー戦線が本格的に動き出したこの時季、移動を禁じられた調教師とその管理馬たちの調整に、大きな狂いが生じるのは必至だ。すなわち、ケンタッキーダービーの大本命と目されるアンクルモーの臨戦態勢にも影響を及ぼしかねないという、北米競馬界全体にとって憂慮される事態が懸念されたのだった。

 幸いにして、疑いのある馬から採取されたサンプルは、ケンタッキーのレキシントン大学で検体された結果、27日(木曜日)午後4時の段階で「ヘルペスではない」と判定され、ガルフストリームパークとパームメドウズに出ていた移動禁止令は、その日のうちに解除されることになった。

 今回、ガルフストリームパークが下した、移動禁止の決定と解除の決定はいずれも素早く、衛生管理を統括する立場としてのガルフストリームパークには、関係者の間から「リスク・マネージメントとして上出来」との声が上がっている。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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