2011年03月02日(水) 00:00 0
3月に入り、国道を走る馬運車が徐々に目につくようになってきた。
今年もいよいよ本格的な出産と配合のシーズンを迎え、生産牧場は一気に多忙を極めるようになった。
出産のピークは3月~4月だが、順調に回復する繁殖牝馬ならば、産後10日前後で初回発情の兆候を見せる。早ければその時点で、遅くとも次の三週間後にやってくる次回発情(つまり出産後約1か月)には大半の繁殖牝馬が来年のために交配を行う。この繰り返しが軽種馬生産のサイクルである。
出産を控え、今年の配合に頭を悩ませる生産者は少なくない。予算上の制約や繁殖牝馬の年齢、産駒成績など考えながら、何頭かの種牡馬に候補を絞り込む。
その際に参考とするのが、道新スポーツ・馬事通信部発行の「種牡馬特集号」と、サラブレッド血統センター発行「スタリオン・レビュー」である。
これらは2月になると生産牧場各戸に送られてくる冊子で、種牡馬ごとの配合牝馬リストが掲載されている。牝馬名や牧場名、出産予定日、そして生産牧場に問い合わせるための電話番号も記載されており、業界人にとっては重要な資料である。
両者はほとんど似通った内容だが、
「種牡馬特集号」は配合牝馬リストが生産牧場の地区別に並んでいるのに対し、「スタリオンレビュー」は出産予定日順にリストが作られている点であろう。
例えば、今をときめくディープインパクトに関して見ると、「種牡馬特集号」は、えりも→様似→浦河という順で並んでおり、最初は「エリモピクシー、予定日3月1日、父ダンシングブレーヴ、母エリモシューテング、えりも・エクセルマネジメント(繋養牧場)、電話番号」という項目になっている。
それが「スタリオンレビュー」では、冒頭に「ラヴアンドバブルズ、1月4日、父Loup Sauvage、母バブルドリーム、新冠町・パカパカファーム、電話番号」という表記である。
それぞれ利便性には一長一短があるとは思うが、いずれにせよ生産者の関心事は、どの種牡馬にどんな牧場の繁殖牝馬がどれくらい配合されているか、ということである。
生産者によっては、同じ社台スタリオンに繋養されている種牡馬であっても、1頭ずつ社台系牧場と非社台系牧場との配合頭数を比較する人もいる。つまり「社台グループの本気度をそれで探る」のが目的なのだという。
とはいっても、概ね種付け料はこのところの生産地不況を反映して、値下がり傾向にあるものの、依然として、「評価の高い種牡馬は種付け料も高い」のがいつの時代にあっても動かしがたい鉄則であろう。
とりわけマーケットブリーダーならば、まず「販売」を念頭に置いた配合を優先させなければならない。
一律50万円以下クラスの種牡馬を交配して行けば、確かに受胎確認後(もしくは出産後1か月以内という条件の種牡馬も今は一定数いる)の種付け料支払いは楽である。しかし、それでは、産駒が1歳になり市場に上場していざ販売しようとした時には大きなハンデになってしまう。
価格はともかく、購買者は市場でまず種付け料の高い順から上場馬を見て回ることになるので、販売の際には、種付け料の安い馬ほど不利になる。
かといって、高額種牡馬には容易に手を出せない。交配はできても、種付け料を支払う段階で金策に窮することになる。
しかし、一方では生産牧場としての矜持もあり、生産馬はすべて名簿に記載されることになるため、ある程度の水準は維持したいところ。現に生産名簿を片手に馬を探す馬主や調教師もいるので、あまりにも貧弱なラインナップでは注目度が落ちてしまうからである。
理想的には交配時に安かった種付け料が、産駒の活躍によって産駒を販売する年に評価が急上昇するような種牡馬、ということになるが、むろんそんな「うまい話」はほとんどない。せめてそこで生産者が考えるのは、目新しさによる注目度がある程度期待できる新種牡馬を配合する作戦だ。
このところ、よりいっそう種牡馬の供用初年度に人気が集中するようになっているのはそうした生産者心理の表れであろう。その代わり、初年度の反動として供用2年目には配合頭数が大きく減少するのもこのところの大きな流れである。
そして、もうひとつの懸念材料は、昨年、ついにわが国における交配された繁殖牝馬頭数が1万頭を割り込む水準まで下落している点だ。この数字から推測される今年度の生産頭数もまた昨年と比較すると大きく減少するであろうことは間違いなく、生産のキャパが徐々に確実に小さくなってきている。
これもまた生産地の現在の景気を反映したものであり、今後もよほどのことがない限り、再び生産頭数が上昇に転じる可能性は低いと思われる。
田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。