イギリス王室と競馬

2011年05月18日(水) 12:00

 王室の存在なくして語ることが出来ないのが、発祥の地イギリスにおける競馬だ。かの国で競馬が繁栄し、産業として文化として社会に深く根ざしたのは、王室が代々このスポーツへ積極的に参画し、支援を続けて来たからこそである。

 プランタジネット朝における最後の国王となったリチャード2世が、ニューマーケットで自ら馬に乗り、アランデール伯とのマッチレースに臨んだという記録が残っているのは、実に西暦1377年のことだ。

 クロイドンやソリズベリーにしばしば行幸した他、競走馬の生産と所有に熱心だったのがエリザベス女王1世だし、ニューマーケットをこよなく愛し自ら騎乗して狩りや競馬に興じたとされるのが、スチュワート王朝時代のジェームス1世だ。馬種改良には競馬が最善との認識に立ち、競馬を大いに奨励したジェームス1世の時代に、イギリスの競馬は最初の隆盛期を迎えた。

 王制復古に伴い即位したチャールズ2世がまた大の競馬好きで、愛馬オールドローリーに跨りニューマーケットの厩舎を訪ね歩くのが趣味であった。ニューマーケットの馬場の1つが「ローリーマイル」と呼ばれるのは、言うまでもなくチャールズ2世の愛馬の名に因んだものだ。

 居城の1つであるウィンザー城の近くに競馬場が欲しいと所望されたのが、アン女王である。その結果、1711年に開設されたのが、今年記念すべき300周年を迎えたアスコット競馬場だ。

 ことほどさように、競馬との関わりを綴ると、それだけで数冊の本になるほど、王室と競馬の縁は深いのだが、過去の国王に負けぬほど競馬に情熱を傾けておられるのが、現在のエリザベス女王2世である。自ら騎乗してレースに参加されたこともある他、サラブレッドの生産と所有にも深く従事されてきた現女王。即位して2年後の1954年、父であるジョージ6世の生産馬オリオールで、父の名を冠したキングジョージ6世&クイーンエリザベスSに優勝。この年、女王はイギリスにおけるリーディングオーナーのタイトルも獲得している。

 1957年には所有馬カロッツァがオークスに優勝。馬主としてクラシック初制覇を果たすとともに、この年、2度目のリーディングオーナーとなっている。

 翌1958年には、自ら生産したポールモールで2000ギニーに優勝。1974年には、やはり自らの生産馬であるハイクレアで1000ギニーを制覇。更に1977年には、ダンファームリンのオーナーブリーダーとして、オークスとセントレジャーを制している。

 ここに記した、エリザベス女王の馬主としての華麗なる経歴を御覧になって、既にお気付きの方も多いと思う。英国における3歳クラシックのうち、エリザベス女王が手にしていないのは、ダービーだけなのだ。そして、イギリス史上最高齢の君主であり、今年5月12日に在位期間歴代第2位となったエリザベス女王に今年、ダービー制覇への大きなチャンスが訪れているのである。

 6月5日にエプソムで行なわれる第232回英国ダービーに臨む女王の愛馬の名を、カールトンハウス(牡3、父ストリートクライ)という。カールトンハウスとは、1825年に取り壊されるまで、セントジェームスパレスの隣りにあった、王族用邸宅の名称に由来した馬名だ。

 同馬の生産者は、ドバイの国王シェイク・モハメドの生産組織ダーレーである。2009年秋、エリザベス女王が生産し所有していたハイランドグレンというモンジュー産駒を、ドバイで競馬に使うという目的でシェイク・モハメドが購入することを希望。ハイランドグレンを快く譲ってくれたエリザベス女王に対する感謝の印として、シェイク・モハメドは自らの生産馬の中から4頭の1歳馬を選りすぐり、女王に譲渡したのだが、その中の1頭が、父ストリートクライ・母タレンテッドという牡馬、カールトンハウスだった。

 マイケル・スタウトの管理馬となったカールトンハウスは、2歳9月にソリズベリーの距離8Fのメイドンでデビュー。ここは2着と敗れたが、2戦目となったニューバリーの8Fのメイドンで、2着以下の9馬身という圧倒的な差をつける競馬で初勝利を飾り、一躍今年のクラシック候補と騒がれることになった。

 カールトンハウスの今季初戦となったのが、5月12日のヨークで行なわれた10F88YのG2ダンテSだった。ダンテSと言えば、1958年の創設以来、9頭ものダービー馬を送り出しているレースだ。しかもそのうち半数以上の4頭が、過去10年のダービー馬という、本番との関連性が極めて密接な前哨戦である。

 しかも今年のダンテSは、大手ブックメーカーがその段階で上位人気に推していた3頭が顔を揃えるという、豪華なメンバーで争われた。

 1頭は、他でもないカールトンハウス。1頭は、4月16日にニューバリーのメイドンでデビュー勝ちを果たしたばかりのワールドドミネーション(牡3、父エンパイアメーカー)。母が97年の英国オークス馬リームズオヴヴァースという良血馬である。

 更にもう1頭が、エイダン・オブライエン厩舎のダービー候補セヴィル(牡3、父ガリレオ)。2歳秋、ダービーへの登竜門という言われるG1レイシングポストトリフィーで2着になった実績がある馬だった。

 こうした顔触れを相手に、カールトンハウスはダンテSを見事に制したのである。

 ブックメーカー各社は2.5倍から3倍のオッズを掲げ、カールトンハウスをダービーへ向けた前売り本命の座に据えることになったが、普段は競馬を観ないという人も馬券を買うダービー当日は、カールトンハウスのオッズは更に下がることが予想されている。

 君主の座にある御方の所有馬がダービーを勝てば、エドワード7世が所有するミノルが制した1909年以来、102年ぶりのこととなる。

 エリザベス女王にとって悲願とも言うべきダービー制覇が達成されるかどうか、イギリス社会はしばらく、この話題で持ち切りとなりそうである。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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