2011年08月10日(水) 12:00
イギリスのトップトレーナー、バリー・ヒルズ(74歳)が、調教師引退を表明した。来週ヨーク競馬場で行われるイボア開催終了後8月21日を期に、ランボーンに構える厩舎と140頭ほどの現役馬の管理を、子息のチャールズ・ヒルズの手に委ねることになったものだ。
厩舎従業員の子息として1937年4月2日に生まれたバリー・ヒルズ。騎手としては芽の出なかっ彼が、馬を育てる側に廻ったのが1958年のことだ。ジョン・オクスレイ調教師の元でヘッドラッドとして働き、厩舎経営と調教のノウハウを学んだ後、1968年のシーズンを前にして独立。ライセンスを取得し、自らの名の下に馬を走らせることになった。
調教師バリー・ヒリズの名を一気に高めてくれたのが、シーズン開幕後まもなく行われた、伝統のハンデ戦リンカーンHに出走したフランキンセンスだ。賭け率100対8(日本式のオッズに直して13.5倍)だったこの馬の単勝でしこたま勝負していたバリー・ヒルズ(英国は調教師が自分の馬に賭けることが合法)が、この時の配当金を元手にランボーンの自厩舎を手に入れた話は、英国ではつとに知られた逸話である。以後、1986年から1990年にかけて、大馬主のロバート・サングスターに請われ、サングスター氏が所有するマントンを本拠地とした期間を除けば、ランボーンのサウス・バンクがバリー・ヒルズの調教拠点となっている。ちなみに、近年発行されたバリー・ヒルズの足跡を綴った一代記のダイトルも、”Frankincense and More (=フランキンセンスとその後の馬たち)“とのタイトルである。
バリー・ヒルズに最初のビッグタイトルをもたらしたのは、ラインゴールド(1969年生まれ、父ファバージ)だ。後に日本に輸入され種牡馬として静内種馬所で繋養された馬から、ご記憶の方も多いと思う。2歳時のG1デューハーストSがクラウンドプリンス(これも本邦輸入)の2着、3歳春のG1英国ダービーがロベルトとの壮絶な一騎打ちの末に2着となった後、G1サンクルー大賞で待望のG1制覇。本格化したのは4歳時で、G1ガネイ賞、G1サンクルー大賞などを制した後、秋にはG1凱旋門賞も手中にし、フランスにおける古馬チャンピオンの座に就いている。
バリー・ヒルズにとって初めてのクラシック制覇となったのは、1978年の英1000ギニーだ。エンストーンスパークで制したのだが、この時彼女は単勝36倍という伏兵であった。
以後、今年まで44年に及んだ調教師生活で挙げた勝ち星は3200以上に及ぶ。
厩舎を継ぐチャールズ以外に4人の息子がおり、このうち2人は、マイケルとリチャードという双子で、いずれも現役騎手として活躍していることもまた、よく知られた事実である。
このうちの一人リチャードは、父の管理馬で強く思い出に残っている馬として、2009年に英1000ギニーとロイヤルアスコットのG1コロネーションSを制したガナーティを挙げている。このうち1000ギニーは、ステークスレコードによる勝利で、バリー・ヒルズにとって前述したエンストーンスパーク以来、実に31年振りとなる1000ギニー制覇だった。そしてコロネーションSはトラックレコードによる勝利で、この時リチャード・ヒルズ騎手は「自分の乗った最強牝馬」とコメントしたし、父のアシスタントであったチャールズ・ヒルズもまた「父が手掛けた最強牝馬」とのコメントを残している。
ガナーティがバリーの息子たちにとって特別な存在となっているもう1つの理由は、その頃すでにバリー・ヒルズは咽頭がんに侵され、辛い治療に耐えながら厩舎の采配をふるっていたからである。声を失いながらもバリー・ヒルズは陣頭指揮に立ち、2010年も、エキアーノでロイヤルアスコットのG1キングズスタンドSに勝ち、レッドウッドでカナダのG1ノーザンダンサーターフSを制している。
今後もバリー・ヒルズは、施設の充実のために通算で300万ポンドを費やしたというランボーンで、チャールズの後見人を務めつつ、馬とともに送る日々を続けることになっている。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。