英リーディングジョッキー狙う2人の名手

2011年08月17日(水) 12:00

 英国における今年の平地シーズンも3分の2を終えるあたりまで来た今、ほぼ2人による争いに絞られた感があるのが、リーディングジョッキーを巡る争いだ。

 8月14日時点で112勝を挙げてリーディングの首位を走り、平地騎手チャンピオンシップを巡る賭けで2倍を切るオッズを提示するブックメーカーも出てきたのが、ポール・ハナガン(30歳)だ。

 1980年9月8日にチェシェア州のワリントンで生まれたポール・ハナガンは、今年がデビュー以来14シーズン目となる中堅騎手である。2002年に81勝を挙げて見習い騎手チャンピオンのタイトルを獲得。ちなみに翌2003年の見習いチャンピオンはライアン・ムーアで、2004年がトム・キーリーだから、ポジション的にはこうしたビッグネームと同じ位置にいておかしくはない騎手だが、メジャーなレースへの登場回数が多くなく、従って日本のファンにはあまり馴染みがないのは、北部のヨークシャーを本拠地に騎乗してきたためである。

 馬好きで、アマチュア騎手としてレースにも騎乗していた父の影響で騎手を目指すようになり、ブリティッシュ・レーシング・スクールにおける9週間のコースを修了した後、モリコム・ジェファーソン厩舎で修業した時代を経て、17歳となった1998年に北ヨークシャーを本拠地とするリチャード・ファーヒー厩舎所属の見習い騎手としてデビューを果たした。以後今日まで、ファーヒー調教師との師弟関係を維持している。2002年のジョンスミスCをヴィンテージプレミアムで制したのが初めて手にしたビッグタイトルで、2008年のランカシャーオークスをアンナパヴロヴァで制したのが重賞初制覇だった。

 毎年コンスタントに70〜80勝を挙げていたハナガンが一気にブレークしたのは、昨年のことである。シーズン開幕当初からリーディングの首位を走り続け、芝平地シーズン終了時点で192勝をマーク。リチャード・ヒューズに2勝差を付け、自身初のリーディングを獲得したのである。北部を本拠地とする騎手のリーディング奪取は、2000年のケヴィン・ダーレー以来10年振りのことであった。ちなみにシーズン開幕前の、ブックメーカー各社のフラット・チャンピオンシップへ向けたオッズは、40対1であったハナガン。自厩舎の2歳馬ウートンバセットとともにフランスに遠征し、G1ジャンルクラガルデル賞まで制した2010年は、ポール・ハナガンの名声を一気に高める年となった。

 2011年の開幕当初は思ったように勝ち星が伸びなかったが、徐々に調子を取り戻し、夏を迎えてリーディング首位の座に立ったハナガン。8月6日にアスコットで行われた世界騎手対抗戦のシャーガーCに、英国人チームの一員として初参戦するなど、何かと話題になることの多いシーズンを過ごしている。

 2年連続リーディングを狙うハナガンを脅かす存在となっているのが、シルヴェスター・ド・ソーサ(30歳)である。1980年12月31日にブラジルで生まれ、1万勝ジョッキーのホルヘ・リカルドに憧れて騎手の道へ入ったソーサが、サンパウロを後にしてヨーロッパに渡ったのは、2004年のことだった。アイルランドのダーモット・ウェルド厩舎の馬を中心に騎乗を開始したが、英語が上手く話せないことが大きな障害となって、騎乗数は増えなかった。

 転機となったのが2006年で、ヨークシャーに拠点を構えるデヴィッド・ニコルスに声を掛けられて英国に移籍。この年27勝を挙げて、関係者に間ではソーサの名が知られるようになると、

 2008年が33勝、2009年が60勝、2010年が96勝と勝ち星は年毎に増加し、リーディングのランキングも上昇。今年は遂に、8月2日にリポンで3勝を挙げて勝ち星が87勝になった段階で、ポール・ハナガンと横並びでリーディングランキングのトップに立つ局面もあった。その後、騎乗停止処分で乗れない期間があり、首位の座はハナガンに譲ったが、それでもブックメーカー各社はソーサの初リーディング奪取に2.65倍から3倍のオッズを掲げ、リーディング争いの2番人気に支持している。

 最後までもつれそうな気配もある二人の争いに、ご注目いただきたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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