2012年06月09日(土) 12:00
1分31秒3のレコード決着となった安田記念で、贔屓のスマイルジャックは勝ち馬からコンマ7秒差の8着だった。ラスト100メートルほどのところで前が詰まり、10完歩以上追えない場面があったにもかかわらず、上がり3ハロンはメンバー中最速の33秒7。スムーズなら掲示板はあっただろうが、昨秋一頓挫あってからはまともに競馬ができたレースがなく、14着に大敗したフェブラリーS以来3か月半ぶりの実戦だったことを考えると、まずまずの結果だった。叩いてよくなるタイプの馬が休み明けでこれだけ走ったのだから、間違いなく復調したと見ていい。
去年の春ごろからゲートの出が遅くなり、今回もあまりいいスタートではなかった。ゲートからの1完歩目はまあ速かったのだが、2、3完歩目に以前のような推進力がなく、その結果、両側から寄ってきた馬に挟まれ、最後方まで下がってしまった。無理におっつけずに折り合いをつけ、経済コースを通りながら終いを生かす競馬をしようとすると、どうしても直線で馬群に突っ込む形になる。であるから、前を塞がれるリスクを背負うことになったのは仕方のないことであり、丸山元気騎手の騎乗は責められないと思う。
レース後、東京競馬場内の厩舎にスマイルの様子を見に行った。
スマイルは、担当の梅澤聡調教助手が厩栓棒(ませんぼう)の下に置いた青草とニンジンを美味そうに食べていた。
「おう、頑張ったな」
と私が馬房の前に立つと、青草を口の端からハミ出したまま顔を上げた。私が足元のニンジンをとって差し出すと、ふた口ほどバリッと食べただけで回れ右をし、馬房の奥に行って「置物状態」になってしまった。
――なんだよ、疲れちまったのか。
安田記念後、競馬場の厩舎で「置物状態」になったスマイルジャック。
またあとで遊ぼうと、ニンジンを足元に置き、私が厩舎の外に出ると、なんとスマイルは、下に置かれたニンジンをバリボリと食べはじめた。
「そこからなら食うのかよ」と梅澤助手が笑った。
私はスマイルにウザがられているのだろうか。そういう生意気なところも可愛い、と私は思ってしまうので、これからも余計にウザがられそうである。
梅澤助手も、普段稽古をつけている芝崎智和助手も「(それなりに走ってくれて)ほっとしました」と口を揃えた。
彼らも私も、また、管理する小桧山悟調教師も同じことを言っていたのだが、なぜスマイルが最低人気(単勝91倍)だったのだろうか。
それはいいとして、スマイルは、ゲートが遅くなったぶん、序盤にガツンと掛かることがなくなった。ということは、以前より、距離に融通が利くようになったのではないか。
「7歳という年齢が出てきたなと思ったのは、レースぶりが落ちついてきたことだね」と翌週、美浦トレセンで会った小桧山師。
次走は宝塚記念を予定しているとのこと。
前回記したように、マイルに限定すると選択肢が少なくなりすぎるので、2200メートルを使われるのは、隠れた可能性を信じているファンとしては大歓迎だ。
さて。実は、スマイルに謝らなければいけないことがある。春、トレセンの馬房で顔を見たとき、
――さすがのスマイルも老けたな。
と、まるで最近の自分を鏡で見るように感じてしまったのである。
私も数年前までは年齢を言うと驚かれ、10歳以上若く見られていたのだが、このところ、そういうこともなくなった。
ところが、である。安田記念のレース後も翌週も、スマイルの顔から「老い」はまったく感じられなかった。昨秋から今春にかけては、レース後の疲れとは別種の深い疲労のようなものがあって、それが顔に出ていたのだろう。
一緒にオッサンになっていたつもりが、私だけ置いていかれてしまった。
さあ、私も――と気合を入れたのはいいが、こういうときはどうしたらいいのだろう。
そうだ。ドバイで日焼けしすぎたので、現地のスーパーで美白クリームを買ってきたのだった。ちょっと方向が違うような気がしないでもないが、大切なのは気持ちである。「人は見かけによる(by浅田次郎)」ともいうし、しばらくこれをアフターシェーブローション代わりに使ってみよう。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所