2012年06月23日(土) 12:00 28
先週の金曜日、前回の本稿を編集者に送ったあとGate J.新橋に行ってきた。4月放送ぶんにゲスト出演させてもらったグリーンチャンネルの番組「草野仁のスタジオGate J.」の公開収録があったからだ。といっても今回は出演者としてではなく、大好きな漫才コンビのナイツがゲストだったので、見学者として遊びに行った。
控室で草野仁さんと梅田陽子さんにご挨拶すると、草野さんがナイツのふたりに引き合わせてくださった。
ナイツでボケを担当する塙宣之さんは巨人ファン、ツッコミ担当の土屋伸之さんは競馬ファンとして知られている。それだけでも素晴らしいのに、ふたりともとても礼儀正しく、草野さんとのやり取りなどから仕事に対する真っ直ぐな姿勢が伝わってきて、前以上にファンになった。
私がナイツを好きになったのは、彼らの漫才が、「職人の技」を見ているかのように心地好いからである。
私は、誰かが書いたものを読んだり、絵画や音楽、自動車などの工業製品に触れたりしたとき、「なんとなくこうした」という空気が感じられると不愉快になる。逆に、例えばクルマなら、ステアリングを握った状態から左手を自然に前に滑らせたところにハザードランプのスイッチがあるドイツ車に乗り、設計者の意図が感じられたりすると、それだけで嬉しくなる。ドライブしながらそうした意図がほかの部分からも感じられると、やがてそれは「思想」となって自分に寄り添っているような感覚になり、「移動」という行為にともなう空間と時間にきちんと意味づけがなされる。ときには、
――シートに腰掛けるときは、背もたれをこのくらい立て気味にして、肘の角度をこのくらにすると快適ですよ。
といったことまで提案してくるパッケージング(=人間の座らせ方)もある。それを「押しつけがましい」と言う人もいるだろうが、私は、そうして対話ができる「作品」こそ価値のあるものだと考えている。
理詰めでそういった価値のあるものをつくった人は、その後も繰り返し価値のあるものを世に問いつづけることができる。
ナイツのネタがまさにそれだ。聞かされたときはゲラゲラ笑ってしまうのだが、反芻してみると、彼らも笑いながらつくったわけではなく、ウンウン唸って脂汗をかきながら練り上げ、推敲を繰り返して組み立てられたものであることがわかる。
しゃべりの技術も見事で、私は彼らが噛むところを見たことがない。
彼らのネタの「型」として、塙さんが「ヤホーで調べたんですけど」と話を始めるものが知られている。すぐさま「××って知っていますか」と、誰でも知っている著名人を初めて知ったかのように言って笑いを誘い、つづけて、対象となる人物のプロフィールから少しずつズレたことを言い、「いや、それは△△でしょう」と土屋さんがツッコんで初めて「なるほど、そうズラしていたのか」と私たちは気づき、じんわり笑わされたりする。
どれだけファンなんだと言われそうだが、ナイツは競馬雑誌「ウマジン」の2009年10月号から10年11月号まで「ナイツのヤホーで競馬用語を調べてきました!!」という見開きの連載ページを持っており、私はそれも愛読していた。自分が書いたもの以外は複数回読み返すことがない私も、このページだけは繰り返し読み、同じところでプッと吹いていた。
そのページで毎回土屋さんが発表していた馬のイラストも、丹念に描き込まれた素晴らしいものだった。
そのほか、私が最近触れた競馬に関する作品に『女騎手』(蓮見恭子・角川文庫)がある。レース中の不可解な事故の真相を主人公の女騎手・紺野夏海が探っていくミステリーである。読んでいて嬉しくなったのは、私が世の中の営みのなかで最も好きな「競馬」の世界において、夏海という女性が悩み、考えながら成長し、より魅力的になっていくさまが活写されていることだ。競馬というのはギャンブルであり、さまざまな立場の人間の思惑が交錯するため奇麗事だけでは済まない競技なのだが、その担い手である人間が生き生きとしていれば、外の世界に対して強いメッセージを発する力が自然と生まれてくるはずだ。きわめて魅力的な競馬の担い手である夏海に、蓮見さんの第2作『無名騎手』でまた会えるというのも嬉しい。
さて、手前味噌になるが、本サイトで連載中の競馬小説「絆」の「このコラムに注目する」の数が、本稿を書いている金曜午後の時点で第1話48、第2話20、第3話18となっている。48というのは、この「熱視点」を含めて自己レコードだし、悪くない数字のようだ。雑誌のアンケートハガキなどは、一部の「ノイジーマイノリティ」だけが回答することもあるため、そのまま百倍、千倍したものが全体像になるとは限らないが、ネットの場合はアクセス数はもちろん、延べ人数ではないユニークユーザー数などもわかるため、「サイレントマジョリティ」の動きがそのまま反映される。
ナイツも出ていた「爆笑レッドカーペット」というテレビ番組では、ネタを演じた芸人が直後に審査員に評価され、点数が発表される。私もつい「このコラムに注目する」の数が気になってチェックしてしまい、お笑い芸人の大変さが少しだけわかったような気がした。
それはいいのだが、あまり人の評価を気にしすぎると嫌らしくなる。読者に媚びればいいものが書けるというならいくらでもゴマスリを繰り返すが、そうではないことのほうが圧倒的に多いようだ。ここらで頭を切り換え、贔屓のスマイルジャックが出る宝塚記念の予想でもしよう。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
関連サイト:島田明宏Web事務所