フランス生産界ではアガ・カーン殿下新党結成か?

2012年07月04日(水) 12:00

 フランスにおける競馬の賞金体系は、フランス産馬に手厚い構造になっていることで知られている。出走馬の年齢ごとにパーセンテージは異なるが、多くのレースに潤沢なフランス産馬限定の「オーナーズ・プレミアム」が設定されているのである。

 例えば2歳戦の場合、フランス産馬が勝った際に馬主が受け取る賞金は、外国産馬が勝った際の1.75倍になる。具体的に言えば、上級クラスの新馬戦における1着賞金は18,500ユーロ(約189万円)に設定されているのだが、フランス産馬が勝った場合は本賞金の75%に相当する金額がボーナスとして支給されるため、馬主が受け取る賞金は一気に32,375ユーロ(約331万円)に跳ね上がる。

 3歳戦だとボーナスは本賞金の63%で、4歳以上だと48%となるが、例えば日本でもよく知られるマイルのG1ジャックルマロワ賞の場合、通常だと342,840ユーロ(約3,505万円)の1着賞金が、ボーナス込みだと506,840(約5,183万円)になるから(数字はいずれも、主催団体フランス・ギャロの外郭組織フレンチ・レーシング&ブリーディング・コミッティー=FRBCの発表によるもの)、フランス産ボーナスの威力は絶大だ。

 ゆえにヨーロッパでは、フランスでフランス産馬を持つのが馬主経済には最良と言われており、フランス産馬の販売促進におおいに貢献している。

 本賞金に加算されてボーナスが支給されるのは、馬主だけでない。生産者にも、「ブリーダーズ・プレミアム」という名目のボーナスが用意されている。実はごく最近、この「ブリーダーズ・プレミアム」の規約が変更になったのだが、これを巡ってフランス生産者協会の内部が紛糾。分裂騒動にまで発展している。

「フランスで生まれてフランスで育成された馬には、本賞金の14%が奨励金として生産者に支払われる」というのが、これまでの規約だった。

 これが、2014年生まれの世代から、「フランスで受胎してフランスで出生した馬には本賞金の15%が、フランスで生まれてフランスで育成された馬には本賞金の10%が、生産者に支払われる」と、生産者へのボーナス規定が2本立てに改められることが決まったのだ。

 生産者協会が分裂するまで事態が紛糾した火種は、規約の前段に「フランスで受胎して」という文言が加わった点にある。「フランスで受胎」しなかった「フランス産馬」とは、すなわち、繁殖牝馬にフランス以外で供用されている種牡馬を付け、受胎確認後にフランスに移動させてフランスで生産するケースが、これに該当する。

 実際にそういう生産を行なっているのは、資金的にも余裕のある大手牧場だ。フランス以外にアイルランドにも生産拠点を持っているアガ・カーン殿下や、アメリカのケンタッキーにも生産拠点を置いているニアルコス家など、大手の有力馬主は、フランスをベースにしながらも、少しでも優秀な種を求めて繁殖牝馬を海外に送り、より良質の産駒を生産するという、グローバルな戦略を展開している。経済的に豊かだからこそ行なえる生産形態と言えよう。

 一方で、国外に繁殖牝馬を送るだけの資金的余裕のない中小生産牧場は、配合相手に自国繋養の種牡馬を選ばざるを得ない。そうした、純然たる国内生産によって生まれた産駒に対するブリーダーズ・ブレミアムは、今回の改定によってわずかではあるが本賞金に対する比率が上がって増額になるのだ。

 ところが、大手牧場が国外で種付けした後にフランスへ運んだ牝馬が産んだ馬へのボーナスは、14%から10%に減額されるのである。

 生産者協会の分裂騒動の背景には、実は、「大手」vs「中小」という対立の構図がある。生産者の数で言えば、大手よりも中小の方が圧倒的に多く、会員の互選によって選ばれる生産者協会の幹部には、中小生産者が多い。すなわち、今回のブリーダーズ・プレミアムの規約改定は、中小生産者がリードする生産者協会の後押しによって、決まった経緯があるのだ。

 この決定に対し、不快感を露わにしたのが、大手生産者たちである。もとより大手には、フランスの競馬と馬産は自分たちが牽引している、という自負がある。それにも関わらず、大手に対するきちんとした説明がないままに、中小生産者のみを利する方向でボーナス規約の改定が進められたことで、大手生産者たちは態度を硬化させているのである。

 最も先鋭化しているのは、アカ・カーン殿下の生産組織だ。アガ・カーンの生産組織を束ねるジョージ・リモー氏は、6月29日(金)、フランス生産者協会からの脱退を表明。のみならず、今後アガ・カーン・スタッドに同調して協会を抜ける大手生産牧場が出てきた場合、脱退牧場のみで新たな生産者団体を立ち上げる用意があるとまで言明している。

 まさしく、我が国の「与党分裂」「新党結成」を彷彿させる騒動となっているフランスの生産界が、果たして今度どのような方向に動くのか、日本の政治同様、目の離せぬ状態と言えそうだ。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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