キングジョージの舞台・アスコット競馬場の攻略ポイント

2012年07月11日(水) 12:00

 ディープブリランテ(牡3、父ディープインパクト)が挑むG1キングジョージ6世&クイーンエリザベスSの開催が、7月21日に迫っている。ヨーロッパ12F路線の前半の総決算とも言える大一番で、その年の日本のダービー馬がどんなパフォーマンスを見せるかという、日本の競馬ファンならずとも興味津津の戦いとなるだけに、このコラムでも今週・来週と2週続けて、キングジョージに言及させていただこうと思う。

 キングジョージの創設は、今から61年前の1951年だった。200年以上の歴史を誇るレースも珍しくない英国にあっては、新参者と言っても間違いのない競走である。

 記念すべき第1回目の競走が、「キングジョージ6世&クイーンエリザベス・フェスティヴァル・オヴ・ブリテンS」として施行されたのは、その年が、大成功を収めたロンドンの万国博覧会から100年目にあたっていたからである。1851年のロンドン万博が大きな利益を生み、国威発揚に大きく寄与したことから、依然として第2次世界大戦の余波に揺れていた英国民を勇気付けようという意図をもって創設された競走であった。更に言えば、1851年のロンドン万博とともにスタートしたヨットレースのアメリカズカップが、その後世界を代表するスポーツイベントに成長していったことから、万博から100年後にスタートする競馬の「キングジョージ」も、国際的な評価を受けるスポーツイベントに育てようではないかという、競馬関係者の意気込みも込められた創設であった。

 第1回競走は、その年の英ダービー馬アークティックプリンス、英2000ギニー馬キミング、英1000ギニー勝ち馬ベルオヴオール、前年に仏ダービー馬と英セントレジャーを制したスクラッチII、1950年・51年と凱旋門賞を連覇したタンティエーム、翌年にアスコットGCを勝つアキーノIIなど、そうそうたる顔触れが集い、結果は単勝12.1倍の伏兵シュプリームコートの勝利に終わった。

 レース名にその名を冠した国王ジョージ6世は、創設翌年の1952年2月6日に亡くなり、代って戴冠したのが現在の女王エリザベス2世だから、キングジョージは女王エリザベス2世とともに歴史を刻んで来たレースと言って良かろう。

 1954年の第4回キングジョージは、その女王陛下の所有馬オリオールが優勝。エリザベス女王の名が勝利馬主の項目に刻まれることになった。

 以後キングジョージ勝ち馬のリストには、リボー、ニジンスキ−、ミルリーフ、ブリアディアジェラード、シャーガー、ダンシングブレーヴ、ラムタラ、モンジュー、ガリレオらが名を連ね、キングジージがまさしく、名馬が名馬であることを証明するレースとなっていることを示している。

 負担重量は、3歳牡馬8スト−ン9ポンド(約54.9キロ)で、4歳以上の牡馬が9ストーン7ポンド(約60.3キロ)で、牝馬はいずれも3ポンド(約1.36キロ)のアロウワンスを与えられる。3歳の負担重量は古馬に比べて5.4キロ軽いというのは、3歳馬であるディープブリランテにとって大きなアドヴァンテージになる。

 負担重量面で優位に立っている3歳馬だが、過去10年のキングジョージを振り返ると、3歳馬の優勝が2回しかなく、残りの8回は4歳馬の優勝となっている。一見するとディープブリランテには不吉なデータにも見えるが、そもそも近年のキングジョージは3歳馬の参戦が少なく、過去10年うち02年、06年、07年、08年の実に4年において、キングジョージは3歳馬不在の顔触れで争われている。

 03年に制したアラムシャーは、出走12頭中に2頭しかいなかった3歳馬のうちの1頭だったし、昨年の勝ち馬ナサニエルは、5頭立ての中ただ1頭の3歳馬であったから、それなりに実績を積んでいる3歳馬であれば、古馬に名前負けすることは無いと見て良い。

 過去10年の勝ち馬の前走を検証すると、ロイヤルアスコットの10FのG1プリンスオヴウェールズSを使っていた馬が3頭と、浅からぬ結び付きを示している。また、前走がロイヤルアスコットを舞台とした距離12Fの古馬のG2ハードウィックSという勝ち馬が2頭、同じくロイヤルアスコットを舞台とした距離12Fの3歳のG2キングエドワード7世Sをいう勝ち馬が1頭いるから、コース実績はある程度重視してしかるべきであろう。

 もっとも、02年の勝ち馬ゴーランなどは、キングジョージがそのシーズンの初戦という休み明けで、しかもアスコットは初コースだったから、前走やコース実績に捉われ過ぎる必要もなさそうだ。

 ちなみに、過去10年のキングジョージは、最大でも12頭立てで、平均すると出走頭数は8.6頭だ。まず、紛れのないレースになると考えるべきであろう。

 キングジョージの舞台となるアスコット競馬場は、三角形のおむすび型のコースである。ゲートを出ると、スウィンリーボトムと呼ばれる谷底へ向けて、最初の3F程度が下り坂になっている。最初のポイントはまさにこの下り坂にあって、ゲートを勢い良く出ると、行き脚が付き過ぎてしまう危険がある。スイッチが入りやすく、いささか折り合いに難があると言われるディープブリランテだけに、レース前半の3Fでいかに上手に折り合うかが、勝負の分かれ目となりそうだ。

 スウィンリーボトムから直線入り口までは、ひたすら上りだ。更に直線に向いてからも、コースにはうねるような上り坂が待ち構えており、タフなコース設定であることは間違いない。ただし、だからこそ活きて来るのが古馬との斤量差で、直線入り口まで折り合いよく競馬を運ぶことが出来れば、ディープブリランテにも勝機が生まれることだろう。

 今回のコラムで検証した過去のデータを踏まえて、次週のこのコラムではディープブリランテの相手関係について検証してみたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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