八戸“駒”市場

2012年08月08日(水) 18:00 8

 去る7月31日(火)、青森県で「八戸“駒”市場」が開催された。

 主催は青森県軽種馬生産農業協同組合。東北地方唯一の1歳馬市場で、今年は計70頭の上場が予定されていた。

坂道を登る上場馬の引手

坂道を登る上場馬の引手

 ただし、上場頭数は2004年に125頭いたものの、翌2005年より二桁に減じ、ここ数年は60頭~70頭台で推移している。内訳は地元青森産馬(宮城を含む)が48頭、北海道からの遠征組が22頭である。地元産馬だけでは今や市場そのものが成立しないほどに青森は生産頭数が減少しつつある。

 この日の八戸は、今年一番の暑さとなり、朝から湿気を含んだ熱気が場内を包んだ。会場は八戸家畜市場。正確には八戸市ではなく、三戸郡南部町大字埖渡字鮫ノ口という地名に建つ施設で、八戸市のフェリー埠頭から車で約30分ほどの位置にある。

 なだらかな傾斜のある丘陵地帯にせりを行う市場の建物と上場馬を展示するスペースだけは確保されているが、待機馬房となる厩舎群の建つ場所は坂を下り階段状になっている。厩舎は市場から遠くなるほど低い位置に建っているため、かなりの落差がある。上場馬の引手にとっては、暑いさなかに、この坂道の往復がことの他堪える造りになっている。

上場馬の展示風景

上場馬の展示風景

購買者が入念にチェック

購買者が入念にチェック

 展示開始は、午前9時半。主催者より欠場馬の発表があり、この日は結局67頭の上場となった。

 比較展示は、70頭をあらかじめ5分割して実施することになっており、1つのグループあたりの頭数は最大14頭であった。

 スペース的にはまだまだ多頭数の展示が可能だが、仄聞するところでは、これは主として「人間」の問題だという。つまり、生産頭数の減少とともに牧場軒数もまた減りつつあり、生産に従事する人々の高齢化も進行している。1人が複数の上場馬を引かなければならない事情があって、敢えて5グループに分割しての展示になったのである。

 見ていると、なるほど同じ人が展示の度に違う馬を引いて何度も登場していた。

 わずか14頭の展示なので、購買者は入念にチェックできる。とはいえ、前述したように、上場馬の引手は、一度厩舎に戻って次の馬を用意し、再び坂を上がって来なければならないため、入れ替えに時間がかかった。また、曇りがちの空模様ながら、ひとたび太陽が顔を覗かせると気温はどんどん急上昇し、購買者も展示の合間に水分補給をしなければならないくらいの暑さ。午前中はずっと比較展示に当てられたが、気温は軽く30度を突破していた。

 昼食は場内に設置されたテントで配布された。うどんやそば、おにぎり、カレーなどの市場定番メニューの他、八戸では名物の「せんべい汁」が振舞われる。これは具の入ったしょうゆ味の汁物に特産のせんべい(これ自体は味がない。麸みたいな食感である)が入っており、なかなか美味だ。近くに食堂もレストランもコンビニもなさそうな場所だけに、ここで昼食にありつけないと空腹を満たすことができない。

市場の内部風景

市場の内部風景

セイカシリアス

最高価格セイカシリアスの2011

 せり開始は午後1時。八戸市場はリザーブ制ではなく「お台付け」制で、前もって届けられたお台価格からせりが始まる。ただし、お台価格が鑑定人から発せられる前に購買希望者からお台価格以下の声がかかれば、傍らに控えた販売申込者(多くの場合は生産者)と鑑定人が相談し、それを受け入れるか拒否するかを決める。

 日高のサマーセールやオータムセールでは今や日常的な光景になってしまったが、ここ八戸でも、200万円、250万円などのお台価格にもかかわらず、80万円、100万円という声がかかり、しばしば鑑定人が生産者と“調整”する場面が見られた。概して価格は安めで、せり上がる上場馬は限られている。

 結局、最高価格馬は、53番「セイカシリアスの2011」(父チーフベアハート、母セイカシリアス、母父フォーティーナイナー、牡栗毛)の630万円(税込)。生産は新ひだか町・タイヘイ牧場。落札者は(有)ディアレストクラブ。

 以下25番「モンテチェリーの2011」(父ダンスインザダーク、母モンテチェリー、母父ホワイトマズル、牡鹿毛)の567万円、64番「エンプレスマティルダの2011」(父オレハマッテルゼ、母エンプレスマティルダ、母父Sadler’s Wells、牡鹿毛)の535万5千円とここまでが税込500万円以上の落札馬。またこれら3頭はすべてタイヘイ牧場生産・販売申込者であった。

 67頭中、落札されたのは32頭。売却率47.8%は昨年よりも5.6%の上昇だが、売上総額は7339万5千円にとどまり、平均価格は37万円余減少して229万3593円であった。

 市場終了後、主催者を代表して代表理事組合長・山内正孝氏は「かなり厳しい結果と受け止めています。100万円を切る取引馬も多く、これでは今後の県内生産者の意欲が減退してしまいかねないと考えます。様々な要因があるでしょうが、今はとにかく今回の結果を踏まえ、県内生産者が何を望み、生産を今後どうしようと考えているか。その声を聞いて来年の計画を立てて行きたいと思います」と厳しい表情で語っていた。

 高い売却率と伸び悩む平均価格は八戸に限らず日高の市場でもこのところおなじみの光景だが、この打開策はなかなか容易ではない。もっとも効果のあるのは、この市場の出身馬が活躍することに尽きるのだが、たとえ道のりは遠くとも、地道にそれを目指すしかないのかもしれない。

 なお、この日の八戸市の最高気温は35度を上回っていたという。どうりで暑かったはずである。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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