週刊サラブレッド・レーシング・ポスト

2003年04月08日(火) 11:41 0

 4月1日付けのアメリカのウェブサイトthoroughbredchampions.comに、日本で種牡馬入りしたものの種付けで苦戦しているウォーエンブレムに関する考察が載った。受胎能力があることが確認されているのだが、牝馬を目の前にしても交配をしようとしないウォーエンブレムを称して、『性不一致障害』ではないかと分析しているのだ。

 性不一致障害とは、生物学的には完全に正常であり、自分の肉体がどちらの性に所属しているかを認知していながら、人格的には別の性に属していると確信している状態を指す。日本ではつい先頃、この障害に悩んだ女性競艇選手が、男性選手としてレースに出ることになったことで話題となったが、全国で5千人とも7千人とも言われる人たちが、同様の問題を抱えていると言われている。

 ウォーエンブレムが性不一致障害であると指摘したのは、ジョン・ホプキンズ研究所のフレッド・リプシュッツ獣医らを中心とした研究グループ。彼らは、ベルモントSにおけるウォーエンブレムのレース振りに、その重大なヒントが隠されていたと指摘する。「彼の走りをスローモーションで詳細に分析したところ、道中何度か、後続の馬に自らの臀部を見せつけるような仕草をしているのです。その後、3冠レースのパドックの模様を改めて分析したのですが、やはり同様の行動が確認され、性不一致障害である可能性が高いと結論付けたのです」。

 健康な牡馬であれば、発情している牝馬を目の前にして反応しないはずはなく、200頭以上の牝馬をあてがわれてこのうち5頭にしか交配しようとしなかったウォーエンブレムは、やはり何らかの精神的疾病を抱えていると判断せざるを得ないのだろう。人間の場合、治療方法としては既に、2000年に埼玉医大が性転換手術の実施に踏み切っている。本人が抱える精神的苦痛を抜本的に取り除くには、それしか方法がないのだろう。

 馬の場合も、その必要があるかどうかの議論は別にして、性転換手術は可能であるとリプシュッツ獣医は公言する。「馬は腸の組織が大変長く、これを利用して、実際のサイズとほぼ同じ大きさの子宮や外陰部を形成することが可能です。子供を産むことは勿論出来ませんが、牝馬として種付けを受けることは出来るようになります」。ここまで読んで、迂闊な私もさすがに気付かされた。

 記事が載ったのは、4月1日。エイプリルフールのジョークだったのだ。ウォーエンブレムの問題に実際に直面している方々にとっては,とても笑えるジョークではない。彼が、ケンタッキーダービーやイリノイダービーで示した能力は、近年のアメリカ競馬でも屈指のもので、不世出と言われたサンデーサイレンスの跡すら継げる可能性もあると見ていただけに、私も現在の窮状は残念でならない。

 個人的には、ウォーエンブレムの気持ちも非常によくわかる。「据え膳食わぬは…」と古来から言われているが、あてがわれた牝馬に次ぎから次ぎに乗っかるというのは、彼がある一定水準以上のデリカシーを持った男であったなら、きっと耐えられない苦痛なのであろう。その気持ちは、とてもよくわかる。しかし彼は、肉体的には健康なのだ。いつかどこかで、「これが仕事なら、シャーンメェ」と気持ちを吹っ切り、一意専心、種付けに従事する可能性がきっとあると、私は信じている。北海道からの朗報を待ちたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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