2012年09月29日(土) 12:00
今、手稲山が見える札幌の実家でこの原稿を書いている。
このところ、10月1日からオンエアされるグリーンチャンネルの特番「日本競馬の夜明け」のロケや、それに伴うアポとりや質問コンテ作成といった、不得手な細かい仕事に追われ、いつが昨日で、一昨日会って楽しく談笑したあの人が誰だったのか……といったことが、さっぱりわからなくなっている。
ちょっと記憶と記録を整理したい。
先週の土曜日は、日本にモンキー乗りをひろめた故・保田隆芳氏の夫人の和子さん、お嬢さんの河合博子さん、お孫さんの河合紗希子さんに、隆芳氏についてインタビューした。
翌日の日曜日、競馬を見るのを我慢して札幌に飛び、こちらで入院中の両親を見舞ったあと翌日からの日高ロケの準備をした。
そして月曜日の午前中、実家のクルマを運転して新千歳空港でカメラマンをピックアップし、まずは新冠へ。そこでハイセイコーとオグリキャップの馬像などを撮影し、両馬の墓参りをした。オグリの墓には行ったことがあったが、明和牧場にあるハイセイコーの墓に行ったのは今回が初めてで、そこで同牧場取締役の浅川明彦さんに興味深い話をうかがうことができた。
最近、何を食べたか忘れることが多いのに、その夜、宿泊した静内のホテル近くで鮭いくら丼を食べたことはよく覚えている。
翌日の火曜日は、クリフジの末裔で無敗の兵庫ダービー馬となったオオエライジンなどを生産した、浦河の伏木田牧場を訪ね、伏木田修さんに会った。オオエライジンの母フシミアイドルが、あのファインモーションと一緒に放されている放牧地のなかで修さんとカメラの前で話していたら、私たちの間にプリマビスティーというホッカイドウ競馬や南関東で活躍した牝馬がぬっと割り込んできて撮影を中断することになったりと(修さんが「あいつたぶんこっちに来ますよ」と予言したとおりになった)、楽しいロケだった。
そして翌日の水曜日は、父の初めての外泊練習があった。外泊といっても、泊まったのはここ、つまり自分の家である。父が脊柱管狭窄症の手術をするため札幌市内の病院に入院したのは2009年1月28日のことだった。一時は寝たきりでおしめがとれなくなり、私のこともわからなくなるほど認知症が進んで要介護認定4にまでなったのだが、今は毎日1時間以上かけて新聞を読むようになるなど頭がずいぶんクリアになり、シルバーカーを押しながら歩けるようになった。要介護認定も2に下がった。
とはいえ、3年8か月ぶりに病院の外で夜を過ごすというのは、76歳男子にとって大イベントだった。こうした外泊練習は、長期入院患者の退院に向けて欠かせないものなのだが、やれ薬はどうする、前立腺が悪いので夜トイレに行きたくなったらどうすると、やる前は不安材料ばかり挙げていた。これまで外出練習で何度かここに来たり、外食練習で「びっくりドンキー」に行ったりしてはいたのだが、実は私も不安だった。
ところが、いざやってみると、一番心配していた夜中のトイレも無事にこなし、朝5時前に私を叩き起こしてコーヒーを淹れさせるなど、思いのほか上手く行った。
「明宏、1泊したおれの動きを見て、退院しても大丈夫だと思ったか」 「十分やって行けるよ」 「そうか、実はおれも自信を持てるようになったんだ」 とソファで踏ん反り返る、本来の姿を見せるようになった。 といったことをやっていたのが、今朝のことだ。
今は木曜日の夕刻で、明日、先述した特番のナレーション録りと、私の語りの撮影が午前11時から都内のスタジオで行われるので、朝イチの飛行機に乗ることになっている。
そろそろ本稿のまとめに入ろうとしたところでこの特番の小山田励ディレクターから連絡があった。これをチェックしてほしいと、ナレーションを含む構成原稿が送られてきたのだが、いやあ、カッコいい。先日オンエアされた「第1回日本ダービーを知っていますか?」の演出も彼で、それを見てくれた人は彼の腕のよさをおわかりだと思う。また、当サイトに連載中の小説「絆」にも小山田という牧場のイヤリングの切れ者マネージャーが登場したのだが、イメージが重なるので勝手に名字を拝借した。
今回もまたとりとめのない話になってしまった。
北海道の朝晩の風は、すっかり秋の冷たさである。東京の空気もいくらか秋めいてきただろうか。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所