2012年10月27日(土) 12:00
菊花賞の数日前、福島県相馬中村神社の「美しすぎる禰宜」田代麻紗美さんから携帯電話に着信が残っていた。どうしたのかと折り返し連絡してみると、こう訊かれた。
「アーバンストリートってどんな馬か、ご存知でしょうか」
「はい」
「実は、今管理されている地方競馬の調教師さんから連絡があって、もう少しで引退するので、うちの神社で引きとってはどうか、というお話をいただいたんです」
驚いた。この馬が栗東・野村彰彦厩舎にいたときに持ち乗りで担当していた調教助手は、10年以上前から知っている人だからだ。
植平敏次調教助手。かつて田原成貴厩舎に所属し、2000年の弥生賞を勝ったフサイチゼノンを担当した腕利きである。
私は、競馬を見はじめたばかりの1980年代後半、騎手・田原成貴のカッコよさにシビれ、
――いつかあの人に取材できるといいな。
と思っていたら、それが叶い、調教師になって厩舎を構えてからは「チーム田原」のシリーズ本のプロデュースをするなど、成貴さんとも厩舎スタッフとも親しくさせてもらっていた。そのひとりである植平助手が手塩にかけて育てた馬が、震災からの復興関連の取材を通じて知り合った田代さんのもとに行くかもしれないとは。
電話の向こうの田代さんがつづけた。
「芦毛ちゃんだと神馬にもなれますし、ほかの神社から芦毛を貸してほしいと言われることも結構あるんです」
「なるほど、そうなると、どんな気性か気になりますよね」
「はい。おとなしい仔なんでしょうか」
「よく知っている人が持ち乗りとして世話をしていたので、訊いてみます」
ということで、植平助手に電話をすることになった。田原厩舎解散後もトレセンや競馬場で何度か会ってはいたが、ゆっくり話すのはずいぶん久しぶりになる。
まず唐突な電話になったことを詫びて、アーバンストリートが引退後、相馬野馬追の拠点となる神社で余生を過ごすことになるかもしれない、その経緯を説明した。
「そうなんですか。今ちょうど、あの馬どうしているのかなあ、って考えていたところだったんです」
と言った植平助手は、アーバンストリートが2歳だった06年の夏から地方に転厩する昨秋まで5年間、ずっと世話をしていた。
「どんな気性の馬だったんですか」
「ちょっと神経質で、怖がりでしたね。運動しているとき、前の馬が尻尾を振っただけでUターンしようとしたり。やっぱり、短いところで走った馬だから、キツいところもありました」
後ろから競馬をしていたのは、脚を溜めるためだけではなく、他馬を怖がるからそうしていたという。
「人間が嫌いだったり、人間不信みたいなところは?」
「そういうのはないです」
「脚元は丈夫だったんですか」
「はい、どこかを痛がったり、モヤッとしたりとかもなかったので、やりやすかったです。内臓もしっかりしていました」
といった感じで植平助手から聞いた話を田代さんに伝えた。彼の手を離れた時点でずいぶん毛色が白くなっていた、ということも。
神馬にぴったりな「白馬」であることと、脚元や内臓が丈夫なことは歓迎材料に違いないが、「怖がり」というのは、例えば野馬追の行列で大勢の前を歩いたりするときにはマイナスになる。とわかっていても、聞いておきながら隠すわけにはいかないので、そのまま彼女に伝えた。
「ぼくはあれこれ言える立場じゃないですが、植平さんが世話していた馬を、田代さんのところで預かってもらえるようになると嬉しいです」
「はい。これも何かの縁ですよね。近日中に結論を出します」
その週末、菊花賞が行なわれた10月21日、東京駅に近い中央通りを会場として「第40回日本橋・京橋まつり」が開催された。阿波踊りやスーパーよさこいなど全国各地の団体が「諸国往来パレード」として中央通りを歩く催しに、相馬中村神社に供奉する相馬野馬追の騎馬武者が参加するので、田代さんも来るとのことだった。
「面白そうなので、ぼくも見に行きます」
「そうですか。そのときには結論をお伝えできると思います」
私は去年、オルフェーヴルが三冠馬となった菊花賞を、福島競馬場の場外発売で馬券を買いながら観戦した。そして今年は、ちょうど日本橋・京橋まつりがハネるころ、ゴールドシップが二冠馬となるシーンを中央通りでワンセグ観戦した。2年つづけて、ちょっと変わった菊花賞観戦になった。
日本橋・京橋まつりに「出陣」の準備をする騎馬武者
左から2人目が田代麻紗美さん
騎馬武者5騎が都心に登場
沿道から大きな拍手と歓声を受けた
時間は前後するが、諸国往来パレードへの「出陣」準備に忙しかった田代さんが、私の姿を認め、ひととおり挨拶をかわしたあとこう言った。
「アーバンストリート、うちで預かることになりました」
よかった。マイネルアムンゼンにしてもジューダにしても、手入れの行き届いた相馬中村神社の厩舎で、優しいスタッフにとても大事にされている。
アーバンストリートがどれだけ怖がりを克服し、神馬として頑張ることができるか。福島に会いに行きたいと思う馬が、また一頭増えた。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所