オリンピック選手が育成!障害GI馬を続々輩出する牧場のヒミツ

2012年12月11日(火) 18:00 17

 一年の締めくくりの最大のレース、有馬記念と中山大障害が迫ってきました。今年はどんなドラマが生まれるのか、ワクワクしますよね。

 中山大障害は春の中山グランドジャンプとともに障害競走の2大レースです。東京優駿競走に匹敵する競走を中山競馬場でも開催したいと考え、イギリスのグランドナショナルにならって障害競走を創設。2011年から国際競走になり、外国馬も出走できるようになり、より盛り上がってきています。

那須トレーニングファーム

那須トレーニングファーム

廣田竜馬さん

廣田竜馬さん

 4100mの長丁場なうえ、波乱を呼ぶ最難関障害といわれている6号の大竹柵障害は、高さが160cmもあるんです。そして次の難関が通称「赤レンガ」と呼ばれる大生垣障害です。ここは高さもあるんですが、幅が240cmもあるのでしっかり踏ん張らないと躓いてしまいます。また、馬は下りが苦手といわれていますが、向こう正面にジェットコースターのような下りが待っています。

 馬も騎手も、飛越能力と共にスタミナが問われる難コースなんですよ。4分50秒くらいのドラマに気が抜けないんです。

 こんな貴重な障害馬の調教をしている那須トレーニングファームの廣田竜馬さんに、馬のこといっぱい教えていただきました。

常石 :今日はよろしくお願いします。廣田さんは、シドニーオリンピックに出場されているんですよね。

廣田 :マンオブゴールド号と一緒にシドニー五輪で、障害飛越個人と団体に出場。マスコミの注目度はすごかったですね。その時に僕は、「個人ではなく、日の丸を背負っていくんだな」と実感。

1日目の個人の結果は66位。世界の壁はかなり厚かったです。悔しくて恥ずかしくて、選手村の理髪店にすぐに行き、丸刈りしました。ほらっ! この通り…!(帽子を取って見せてくれました) 世界を明るくするために光ってるでしょう(爆笑)。

今年のロンドンオリンピック選考会にも参加し、1回目はノーミスでトップでクリアしたのですが、2日目で障害物を落下させ惜しくも2着。オリンピックの枠は1席の厳しい条件。いつもあきらめずにチャレンジですよ。リオを狙います。

常石 :ワールドカップリーグ優勝など数々ありますよね。ここのクラブハウスの壁一面に優勝のエンブレムが並んでいてすごいですね(2階建ての階段壁まで)。

廣田さん、オリンピック出場時

廣田さん、オリンピック出場時

廣田 :いやいや父や姉、妻のエンブレムも沢山あるんですよ。

常石 :何歳ころから乗馬を始められたんですか?

廣田 :物心付いたころから乗っていましたね。馬の背中がゆりかごのようなものでした。障害馬術で国体優勝の経験を持つ父にみっちりしごかれ、スパルタ教育だった。毎朝5時に起床、学校へ行く前に2時間馬に乗り、学校から帰ってきてからも練習をした。とっても厳しかったので、家出しようかと考えた時もあったよ(笑)。

常石 :JRAの競走馬の調教を始められたきっかけは?

廣田 :競走馬の調教なんて妙な組み合わせと思われますが、障害競走の本場フランスでは障害ジョッキーが馬術競技に出場するなんて事があるそうですよ。乗馬も競馬も基本は同じ「馬術」なんですが、「競馬はギャンブル、乗馬はお遊び」という貧相な日本の馬術文化のイメージを少しでも変えていきたいと思っています。

元々父が馬具を販売する会社に勤めていて馬に触れる機会があり、乗馬を始め、乗馬クラブを始めたのがきっかけです。競走馬も乗馬も、基本は同じ高い技術を持って調教すれば必ず成功する。馬術の技術を駆使して障害をスムーズにクリアできるようにきちんと調教すれば、障害が跳べる。ということは落馬が少なくなり、中山競馬場などの難度の高いレースではとても大事なんです。

「2か月調教しても障害馬としてレースに使えなかったら、調教料をお返しします」と、競馬会や調教師に案内を出しましたが、なかなか相手にしてもらえなかったです。どんな馬でも必ず障害競走馬として完成させると強い意志で臨み、馬術家としての挑戦でもありました。

相手にされない中でも何人かの調教師が「面白いな。ダメで元々やから試しにやってもらうか」と預けてくれるようになる。父は、自分の持っている限りの馬術の技術を駆使して、必死になって馬たちを障害馬としてデビューさせた。父の調教した馬がメキメキと頭角を現し、競馬会の人たちを驚かせたんですよ。

ほとんどの馬たちは跳び方も知らず竹柵に突っ込んで越えるだけで、いつ転んでもおかしくない状態で危険でした。水濠などでも1回失敗すると恐がって跳べなくなったりするんです。そんなときは室内馬場で自由に駆け回り、馬本来の自由な姿にゆっくり戻しながから、水濠に見立てたブルーシートを5cmくらいから徐々に広げていく。丸太棒1本からまたいでいく。

確実に飛越をクリアする力をつけることで、「訓練された安全な障害馬」となる。「廣田が調教した馬は落馬しない」といわれるようになってきました。きっちり訓練された馬がいかに乗りやすいかということは、騎手が一番よくわかるでしょう。

迫力ある障害飛越の様子

迫力ある障害飛越の様子

常石 :はい、分かります。僕がG1を獲らせてもらったビッグテーストも、廣田さんが調教してくれたんですよね。飛びが大きくて安定していたので、テーストに任せて跳んでいました。国際交流競走で外国馬が5頭もいて、強豪のギルデッドエージやセントスティーヴンもいたので、まさか勝てるとは思わなかったですよ。レコードを2秒も縮めての勝利は大きかったですね。ありがとうございました。

廣田 :いやいや、嬉しかったですよ。それにレース後に報告とお礼に来てくれたのが最高やったね。

常石 :えー、そうでしたか(照笑)。忘れていましたが、廣田さんとはやっぱり赤い糸で結ばれているんですかね。

廣田 :赤い糸は嫌やな(笑)。でも、馬にかかわっていると、みんなつながってくるんですよね。馬ってそんな魅力のある動物なんです。特に人間とのつながりが深いですね。

オリンピックでも18歳から今年は71歳の法華津さんが出場したように、年齢も男女も関係なく公平にずっと付き合えるんです。乗馬の大障害はメインスタジオで閉会式の前日に行われ、盛り上がって閉会式を迎えるので、醍醐味ありますよ。

馬は愛玩動物と違って、人とパートナーとして暮らしを共にしてきましたよね。ギャンブルが多様化し、多くなっている中で、競馬もギャンブルではなく馬の持つ美しさと魅力を伝える文化として発展していかなければならないと思う。

「馬はうそをつかない、差別もしない、人の心しか見ない、馬は人の心を映し出す鏡」

だからこそ、子供たちに馬と接して欲しいと考えています。小・中学校で乗馬体験ができればいいですね。そして今は、障害レースの競走馬だけではなく、障害者乗馬の協力も少しずつ進めています。実現不可能なとんでもないアホな夢に向かって努力していきます。

1.オリンピックで金メダルを獲ること
2.賞金総額1億円の競技会を開催すること
3.義務教育に馬の授業を入れること

少しでも近づこうと自分を高めていくことが、人間の生きている本当の姿じゃないかと思っています。「皆さん、夢はありますか?」と、いつも聞いています。つねちゃんは、どんな夢を持っていますか?

常石 :逆に質問されてしまいましたが、僕もとんでもない夢を持っています。馬上インタビュアーになりたいと思ってます。そのためにも乗馬のライセンスを取らなくては。2級に合格させていただいたので、今度は1級の乗馬ライセンスの修行に来ます。よろしくお願いします。そうそう田中剛騎手(現調教師)も「これが障害を跳ぶってことですか?」と度肝を抜かれたそうですね。

廣田 :ドイツ産のグランドピークに乗って、ゆったりとした速足で中山障害級の150?の障害を跳ばせると。重厚でゆったりとし、力強い飛越で悠々と障害の上を越えて行ったよ。普段はサラブレッドの線の細い馬にしか乗っていないので「なんですか、この動きは?」と驚いていましたね。これが障害を跳ぶということですよ。ここからトップジョッキーに成長されましたね。

「馬の魅力を伝えたい」

「馬の魅力を伝えたい」

常石 :あーあ、残念。僕ももう少し早く教えてもらっていたらよかったですね。

廣田 :いえいえ、今からでも大丈夫。障害者乗馬で欧米に追いつくために頑張りましょう。

JRAの調教師や競馬会、騎手の方々にも理解が得られ、沢山の馬を調教させてもらっています。つねちゃんの乗ったテーストや、ゴーカイ、連覇したマジェスティバイオも廣田が調教し、G1をつかんでくれました。冥利につきますね。

常石 :廣田竜馬さんの「理想と夢と情熱と人生そして夢の世界へ」が、どんどん広がっています。人馬とも安全に飛越するために、廣田さん親子が2代にわたって惜しみない力を注いでくれているのがよくわかりました。

先日、神戸幸せの村でサンクスホースデイズが行われ、障害者乗馬の輪を広げる活動をしましたが、廣田さんが大活躍され、オリンピック出場の技術を披露してくれました。目から鱗の話がいっぱいでした。ありがとうございました。

 常石勝義ことつねかつでした。[取材:常石勝義/栗東]

◆次回予告
史上初の牝馬での勝利という、ジェンティルドンナが快挙を遂げた今年のジャパンC。しかし、その栄誉が確定するまでには、進路妨害か否か、長い審議があったことは記憶に新しい。来年からは走行妨害について、新ルールの適用も控えています。そこで次回は、今最も注目の話題を掘り下げるべく、赤見千尋さんが直撃取材を敢行します。公開は12/18(火)18時、ご期待ください。

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常石勝義

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30~)に出演中。

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