2013年01月19日(土) 12:00
14日の成人の日、私の仕事場のある東京都大田区や中山競馬場のある千葉県船橋市を含めた関東地方は、 ――ここはどこ? 札幌? と思ってしまうほどのドカ雪に見舞われた。
少し寝坊して出遅れたが、中山に行く気満々で仕事場を出た私は、駐車場に降りる手前で引き返した。
当たり前のように雪に備えている札幌などの北国と違い、首都圏は、ちょっとの雪で電車やバス、飛行機などの交通機関にものすごく大きな影響が出て、人の動きも物流もまともには行かなくなってしまう。
その日の中山競馬は第4レースまで行なわれたところで中止になり、21日に代替競馬が実施されることになった。
調教助手として30年ほどのキャリアがあり、GI馬の背中も知っている人が以前教えてくれたのだが、馬は、雪が降ると喜ぶのだという。
空からふわふわとやわらかそうな白いものが落ちてくるの見るのが面白いのだろうか。
馬はあれだけ臆病な生き物なのに、薄暗い早朝、足場が人間の目ではよく見えないところでも平気な顔をして歩いている。夜目が利くのだ。だから、舞い降りる雪が重なりカーテンとなっても、私たちよりずっとハッキリいろいろなものをとらえているのかもしれない。
考えてみれば、日本の競走馬のほとんどが北海道出身なのだから、雪がどんなものか知っているはずだし、雪がたくさん降ったときの人間たちの様子の変化も小さいころから目にしているわけだ。
雪は視界を悪くするし、道を狭くするし、足元をツルツルにするし、すべての営みをスローダウンさせたり、ストップさせたりする。そんななかですれ違うときは、いつもより大きく体を横にしたり、相手が通りすぎるのを待ったり、同時にツルッと滑ってズッコケてもぶつからない距離を保つようジッと観察したりと、互いの存在を強く意識しないと普通に生活することができなくなる。そうしたところが、他の地域の人から見ると「優しさ」とか「思いやり」に映るのだと思うが、北海道では(私の知る限りの話だが)どんな悪人でも、例えば雪の壁で路肩がなくなり狭くなった道を運転中に対向車が来たら、譲り合うかに見える操作をする。まあ、悪党ほど我が身を大切にするので、自分が傷つきたくないだけかもしれないが、ともかく、そうさせてしまうのが雪なのである。
雪は人を変える。人のふるまいを当然のこととして変える、と言うべきか。
雪に閉ざされたなかにいる生き物同士――人と馬は、互いの呼気や体温や、ちょっと体を動かしたときの音などを、ほかのどの季節よりも近くに感じる。ほかのすべてのものを覆い隠し、世界を雪と人と馬だけのものにしてしまう……ということも含めて、馬は雪が降ると喜ぶのかもしれない。
最近、フェイスブックに馬の養老牧場「ホーストラスト北海道」の知り合いが、雪のなかでメシを食ったり、じゃれ合ったり、寝そべったりする馬たちの写真をアップしてくれるので、見るのが楽しい。
「おめえ、そこは寝藁じゃなくて雪だぞ」と言いたくなるような遊び方をしている元競走馬たちのキャラは、明らかにネコよりも犬に近い。足音やクルマのエンジン音を覚えていて、自分が行くと馬房から首を突き出して迎えてくれる――という馬の姿を普段から見ている厩務員や持ち乗り調教助手にとっては不思議でもなんでもないだろう。が、外部の人間である私は、例えば、贔屓のスマイルジャックが、ニンジンを持っている私に対するのと手ぶらの私に対する態度がまるで違ったりするので、どちらかというとネコに近いものととらえ、接していた。まあ、人間と同じように馬にも「ネコ型」と「犬型」がいるのだろうが……それはいいとして、何の話をしているのか、わからなくなってきた。
そうか。雪と馬か。そこからフェイスブックに行ったのか。
フェイスブックで「友達」となっている人には馬主や生産者ばかりでなく、何人かの騎手や調教師、調教助手もいる。持ち乗りでやっている調教助手が担当馬の普段の様子を写真付きでアップしているのを見ていると、自然とその馬の動向が気になり出すし、思い入れが強くなる。
――また腹痛起こしてないかな。 とか、 ――だいぶふっくらしてきたな。 とか、新聞やテレビだとスターホースや超良血馬でなければ報じられないような情報に基づいたあれこれに思いを巡らすことができて、これがまた楽しい。
そんな馬が未勝利戦を勝ったりすると本当に嬉しい。いいことばかりではない、というか、どこかを痛がったりメシを食わなかったりして普通に運動や調教をするところまでたどり着くのさえ大変なぐらい悪いことのほうが多い、ということも具体例を示されて理解したうえでの喜びだけに、格別である。
昨夏出席したアジア競馬会議で、「フェイスブックの世界8億人のユーザー(当時の数字)と競馬ファンをどうつなげていくかを考えるべきだ」という声が上がっていた。私と「友達」になっている持ち乗り調教助手は、取材で知り合ったり、世話になっている調教師の厩舎所属の人だったり、私の著書を読んでくれていて、会ったことがなくても友達申請をしてくれた人だったりと、つながり方はまちまちで、ものすごく個人的というか、自然発生的なものである。
情報の発信元、発信の方法、方向などをどうしたらもっと楽しめるのか、一度キャンペーンのような形で「フェイスブックと競馬」というテーマで、その弊害(これもいろいろ言いたいことがある)も含めて、やってみても面白いかもしれない。
仕事場の近くには、まだところどころ雪が残っている。道産子の目から見ると、雪かきの仕方がなっていないから危ないところもあるのだが、文句ばかり言っているうちに自分がコケて人に迷惑をかけることのないよう気をつけて出かけたい。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所